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☆★とんだり(・e・)はねたり★☆

フクロウ科の中で、ミミズクだけを総称する英語の
表現は基本的にはありません。総じてowlです。
でもその個性的な特徴を捉えてa honed owl(角のあるowl)
と呼ばれたり、或いはan eared owl(耳のあるowl)
と呼ばれたりします。

新年明けましたね。おめでとうございます。


年の暮れの挨拶ってめんどくさいなーと思うのに、新年の挨拶は割とさわやかです。なんでだろー。新年なんてただ人間が「この日から新年ね」と定めただけの日で、現実的には大晦日も新年も連続する一日に過ぎないのに。


まあ、たぶん気分の問題でしょう。


そんなことは置いておいて、今年の抱負は



「一日一日を大切に生きる」



とすることにしました。もうすぐ死んじゃうの?と思われる方もいるかもしれませんが、そーです。食道炎が痛いので、もうすぐ死んじゃうかもしれません。運よく死ななかったとしても、それはそれとして、やはり今年は一日一日を大切にするという意識を持って生きようと思います。もう去年とか酷いものだったから。仕事以外の時間はほとんど体力回復に充てているだけだったような気がします。今年はもうそんなに仕事しない。適当にする。仕事は怠ける!


一年の計は元旦にありと言いますので、こういうことは元旦から始めなければ長続きしません。ということで、さっそく記事も書きました。うーむ。頑張っている。一日一日を大切にしている。



という感じで、今日はこのへんで。元旦から飛ばし過ぎてもアレなんで。今年もよろしくお願いします。

大晦日ですね。今年も実家のある島根の出雲で過ごしています。


俺の家の正月は、まるで日本昔話の世界です。徹底的に掃除をして1年の汚れを清め、各家がしめ縄を飾り、餅を供え、除夜の鐘を撞きに行くという。え、普通?


帰省するとすぐに、母親から大掃除を言いつけられました。うちは実家から1kmほど離れたところに家業を営んでいる店舗施設もあるので、そちらも掃除しなくてはなりません。風が強く、窓に水をかけて洗おうと思ったらその水が全て風に押し戻されて俺にかかって寒空の下ずぶ濡れになりました。帰省してから数時間で「よし東京で戻ろう!」と思いました。


さらに実家から2kmほど離れたところに家業用倉庫があり、またさらに20kmほど離れたところにはバブル時代に親が買った別邸があります。そちらも掃除をしたり、しめ縄を飾ったり、餅を供えたりしなければなりません。


島根の冬は東京よりも少し冷たく、天気も良くありません。そんな中で普段人気のない倉庫や別邸の掃除をするのは、最早荒行修行以外の何物でもありません。凍える指先と垂れる鼻水をすすりながら極限の状態の中で正月に体当たりしてゆくのが神話の国出雲の正月です。ゆったり感など無い厳かな世界です。山裾には反物を加えて飛び立つ鶴の姿とか見えたりします。


別邸は実家からほど遠い山中にあるので、行くだけでも一苦労です。別邸と言えば聞こえは良いですが俺が上京して以来ほとんど人の出入りのない、最早ただの廃屋です。昔は5000万円くらいしたらしいですが今は1000万円の価値も無いただの税金泥棒みたいな家です。床は軟らぎ、壁は煤け、誰も訪れないこの家をなぜ年末に掃除しないといけないのかさっぱりわかりません。やはり修行かな、修行なのかなと思っています。神話的な。


もうこんな別邸、1円ででも売れるうちに売ってしまえよーと思うんですが、バブルの亡霊的な感覚の強い親父は頑なに売ろうとしません。またいつか住むとかわけのわからんことを言っています。あんなところで暮らせるものかと俺は思ってますが、まあでも俺のものでもないし、あの別邸があることが親父の支えにでもなっているのなら、取り上げてガックリされてもアレなんで。


そして今夜は大晦日の一大イベント除夜の鐘つきです。雪深い山奥にある寺まで親父を連れて行って鐘を撞かねばなりません。俺は地元愛の薄い人間なのでそういう地域に根付いた風習などに全然関わりたくないんですが親の頼みくらいは聞かざるを得ません。


あーコタツで蜜柑を食いながらぬくぬくしたり渋谷のハチ公前で大騒ぎしている軽薄な若者を眺めてたりしたいわー。正月はハワイでー♪みたいな軽いノリのほうが好きだわー。なのに何で夜中の雪山に鐘を撞きに行かねばならないのか。暗く寒い寺で・・・。



でも、朽ち果てた別邸の書斎の片隅で「子供の名前の付け方」とか「上手な子供の叱り方」という表題の古びた本を見つけたりすると、まあ多少は付き合ってあげないと仕方ないかなとも思うのでした。

今年も残り、今日を含め3日となりました。


これから実家の島根に帰省します。帰りたくないけれど。取り決めごとだから帰らねばないないというか、義務なので。


実家が離れている人からよく、帰省に憧れるとか、それ自体が旅行みたいでいいねえというようなことを言われますが、俺に限れば全くそういう感覚はありません。帰省が嫌で、夏休みとか正月が近づくとストレスで体調が悪くなるほどです。が、帰省しないことで生じる親不孝という悪もまたストレスなので仕方がありません。


もう、帰省してもしなくてもストレスというね。親が歳をとればとるほどに帰省を見送るというのは重罪の感が増すので困りものです。親から帰省を促す電話がかかるたびに俺の胃酸が噴火するぜ。ほら、逆流性食道炎で苦しんでるからね最近。帰って来なさいと言われるうちが華なんていうのは他人に対して言うだけの言葉ですよ。親への感謝の心がうんたらかんたらというのも条件や環境次第ですよ。そういうことを言う奴が偉いとか思わない。黙ってやってろって思う。


逆流性食道炎になったというのも今年の一大事件のひとつでした。30代でなる人は滅多にいないからねー。宝くじに当たったかのような。とりあえず2ヶ月ほど投薬を続けなくてはなりません。俺は2月アタマくらいまで。治るかなー。ちょっとでも良くなるといいな。


そんな状況の俺に対して親の帰省しろコールですよ。えーまたその話。仕事のストレスも凄くて、もう仕事量に対して人の数が全然合ってない。カンフーの修行かな?てくらい動いてます。休みなく。朝9時から夜9時まで。そしてその中でも俺が得に忙しい気がする。誰でもそう思うものかもしれないけれどそんな気がする。もーーーーーーー。


と、年の最後に愚痴をいっぱい吐き出しました。ちょっとすっきり。その年の垢はその年のうちに落としておかないとね。


では皆さんよいお年を。


うわー寒い。日本が寒いよー。


爆弾低気圧とかいう寒気の襲来で、現在日本はキンキンに冷え上がっております。概ね。温暖化著しい東京ですら日中の気温が5℃を切るほど。もう寒獄。監獄ならぬね。


今日の夕方職場でいつものように理化学検査的な仕事をしていたら、隣部署のA君(若手)が俺のもとに血相変えながら走ってきて「E先輩(俺)!ちょっと、ちょっといいスか!」ていうもんだから、普段ロクに話もしないのに何やねんと思ってそっちに行ってみた。


そしたら廊下で知らないおじさんが片手に冷凍肉を持って立ってて、「これを・・・これをお願いします。どうか、どうかお願いします!」て俺に言うわけ。誰やねん。てか何やねん。もう何がどうお願いなのかとか意味が分からない。突然すぎて。でも勘の鋭い俺は、あーたぶんこれは検査の依頼だなーと察したわけ。でもね。


俺のいる検査室は2階にあって、そこにくるには1階の受付所の前を通らないと来れないのに、なぜ1階を素通りして2階の現場まで来てしまったのか。


2階まで検査依頼のお客さんが直接来るなんてことは無いので、話しかけられたA君は意味が分からなくて頭真っ白になってしまったんだろうけれど、それにしたって何だって隣部署の俺を呼びに来たのか。自分の部屋にだって上司やら何やらいるだろうに。てっきりフラスコ貸してくれくらいの話だろうと想像してた。


そして「頭真っ白でーす☆」と書いてあるかのようなA君の顔と、それにも増して「この肉をどうか!!」というおじさんの、もう場の空気に耐えられないという蒼白な表情が可笑しすぎて。


吹き出しそうなのを堪えて、「じゃあお肉のほうお預かりします。依頼書はありますか?」と言うと、やっぱりあったよ依頼書。だよねーそうだよねーとか思いながらしたり顔で依頼書を受け取った途端、おじさんはハヤテのようにその場を去って行った。ハヤテがどういうものかよく知らないけど、それはもう駆け抜けるように。きっとハヤテって今みたいなものなんだろうなあと納得できる感じで。


でも冷凍肉と依頼書を受け取ったあとで、ようやく俺も冷静じゃなかったなと気付いた。だって依頼書には2種類の肉を検査してくださいって書いてあるのに、おじさんは一個しか肉置いていかなかったから。それを確認しなかったのが悪い云々の前に、そもそも俺の仕事じゃないんだから一階の受付に行ってくださいって言わなきゃダメだよね。


でもねー。今日の件に限っては俺の能力じゃ無理だった。だっておのおじさん、本当に、本当にすぐにその場を立ち去りたそうだったもん。もう1秒でもはやく。加えてA君。あんな表情の人達を前に、しかも突然で、なかなかそこまで冷静な対処は出来ないよー。普通笑っちゃうよ。


というわけで、この失敗は次回に生かそうと思います。今回は勘弁勘弁。

12月8日の記事で「これからは7時に起きる」というようなことを書きましたが、実際にその通り起きています。偉い。もともと俺の有言実行力には定評があって、俺がやるといったことは結構ある程度その通りに実行される場合がほとんどです。出来ないことは言わないから。だから滅多に何も言わない。苦手分野は禁酒くらいかな。あと誰から定評があるんだと言われればそれはもちろん俺からですが。俗にいう自画自賛というやつですね。字が爺さんではありません。


早起きを始めたに当たって、ちょっと欲しいなと思い始めたのが目覚まし時計です。ちなみに俺は普段目覚まし時計を使うことが全くありません。俺が狙った時間にバチッと起きられる能力者であることに加え、目覚まし時計の音が嫌いなので、目覚ましをセットしても音に対する恐怖心から絶対俺のほうが先に目覚めるからです。


なのに、なぜ目覚まし時計が欲しいのかと言われれば、それはファッションです。しかも、どこにでもありふれているベルとかデジタル音の、人を起こすことだけを目的としているようなやつはいらない。毎朝この音を聴きたい、いつまでも聴いていたいと思えるような素敵な素敵な音を奏でる目覚まし時計が欲しいのです。ないかなー。どこかにないかなー。


昨日の記事で、今日から朝7時にきちんと起きると書きましたが、今朝はその通りに起きました。むしろ6時半でもいける。6時は微妙だけれど。


早起きして何すんねんと思われるかもしれませんが、出来れば何か一仕事、勉強をしたり運動をしたりしたいと思っています。夏までは実際に6時~6時半に起きて勉強をしていたので。何を境にしなくなったのだろう。そうだ、飽きと眠気に侵略されたのです。


一仕事こなすためには7時起きでは間に合いませんが、掟があまり厳しすぎると破綻しますので、7時をリミットと定めておきたいと思います。休日も含むしね。


それにしても、冬の朝場の寒いことよ。布団の外がアイスランドに思える。オーロラが見える。出たら死ぬなって直感的に思う。でも出ないと寝ちゃうので、パッと出てはパッと戻ってをとりあえず繰り返します。その反復運動の中で勢いを付けて、タイミングよくテレビを点け、暖房を付け、体が慣れてきたところでうがいをするために台所へと旅立つのです。すぐ戻ってきて布団に入るけど。そんでテレビ観る。


でもそこまですると、さすがにもう寝ません。眠くありません。そして部屋が程よく暖まったところで布団から出れば良いのです。


明日は今日よりもう一段階頑張って、6時半に起きてみようと思います。頑張ろう。


12月3日の記事で「もう金輪際酒を飲むことはない」的なことを書きましたが、昨日あっさりと禁を破ってしまいました。飲みたくなって。


しかし、酒が飲みたくなるということは、体に健康が帰って来た証でもあります。だって昨日まで禁酒していた10日間はほんとに全然酒が飲みたいと思わなかったんだから。酒を飲みたいと思えることは幸せなことなんだと気付きました。


さりとて、このまま元の酒飲みに戻るわけにはいきません。もう俺には不治の病が憑いているのですから。明日からまたがんばって禁酒を開始します。なんで今日からじゃないんだって?それは・・・


あと、最近たるみがちだった生活スタイルを改めるためにこれから毎日朝7時に起きます。平日も休日も関係なく。今年の夏くらいまでは6時に起きていたのに最近では7時半にまでずれ込んでしまっていて毎日遅刻との戦いになっていたので。あとは夜にちゃんとお風呂に入ります。最近朝風呂になっちゃうことが多かったから。さらに英語の勉強とか絵の修行とか読書とかも頑張ろうと思います。最近完全に無趣味でつまらない人間に成り下がっていたので。


いろいろ一気にがんばるぞー。

11月28日の記事で酒を断つことにしましたと発表しましたが、実際に、あの日以降お酒を飲んでいません。


これまでにも何度か禁酒宣言をしてきましたが、今回の宣言はこれまでのものと明らかに違う点があります。


それは、やめる理由が明確であること。


これまでの禁酒は体調的にも経済的にも特別酒をやめなければならない理由もなく、ただ漠然とした自制心からお酒は控えめにしようと思い行なってきたものでした。


しかし今回は、病気になったからやめるというしっかりとした理由があり、また酒をやめることで体調が回復してゆくという喜びもあります。


そういうわけで、今回の禁酒は辛さがありません。もう全然、永久にやめられる気がします。より詳細な事情としては酒よりも体調を回復させる楽しさのほうが上待っているというのがあるし、体調を思う上で病気やその対処法が明確にされているので自分の状況が理解しやすいというのもあります。また病院にかかっているので、医者という理論のしっかりした人間からアドバイスを受けられるというのも説得力があって分かりやすいです。つまり、酒を断つというクエストが、かなりしっかりとしたゲームとして今回は確立しているのです。


あとは、この病気は基本的には治らないというのも良いですよね。治らないから、ずっと禁酒のスタンスをとり続けられる。あの憧れだった禁酒を。いや良いのか悪いのかよくわからないけれどね

逆流性食道炎になり、どうにかお酒を避ける以外の道で治療に当たれないないかと考えていましたが、どうやら無理なようです。


胃と食道の境界には「下部食道括約筋(かぶしょくどうかつやくきん)」という筋肉があり、普段は胃の内容物が食道のほうにいかないように食道を締めてストッパーの役割を果たしています。ものを飲み込んだときに緩み、飲食物が胃に入った後はまた締まって逆流を防いでくれています。


ところがアルコールはこの筋肉の働きを鈍くするため、逆流が起こりやすくなってしまいます。またアルコールは胃酸の分泌を増やす、胃の運動を抑えてしまう、粘膜を傷つける、といった性質もあるため、逆流性食道炎の引き金になるだけでなく、悪化させる要因にもなるのです。


こうなると、もうどうにもアルコールは絶つ以外にないかなといった感じです。お酒のアルコールの濃度によって影響は異なるようなんですが、そんな細かいこと七面倒なのでいっそきっぱり絶ってしまったほうが楽なように思います。


まあ人生においてはお酒を飲まなければ盛り上がらない場面も存在するのでそういう時には飲むかもしれませんが、平常においては止めてしまおうかと思います。アルコール濃度の高い酒はダメで、またワインとビールは下部食堂括約筋を緩める作用が大きいとか言われるともう飲める酒ありませんがな。



まあいいけど。酒を断つ良いきっかけになったと思えばね。大酒のみ人生は今日を以て終了します。

先日、病院にて逆流性食道炎の診断を下された、その後の経過などですが。


およそ2週間ほど療養に努めてみました。療養に努めるといっても、油っこい食事を摂らないとか、暴飲暴食をしないとか、腹圧が高まらないよう良い姿勢を心がけるといった程度のものですが。あとは寝るときに頭のほうが高くなるよう寝床に勾配を付けて、胃酸が逆流しないようにしています。


結果、容体はけっこう快方に向かいました。とは言っても根本的に完治させることは難しい病気なので、体感として不快感が収まったという意味での快方です。2週間前は一日中喉の奥のほうで胃酸の風味が充満していて気持ち悪かったですが、今ではそんなこともなく、逆流性食道炎の症状持ちであることを忘れてしまうほどでした。


しかし人間とは愚かなもので、体調が良くなると悪かった時のことなど忘れてしまうし、健康のありがたみなど頭からふっとび、暴飲暴食もしてみたくなるものです。かくいう俺も他に漏れず、そのように感じ、昨夜暴飲暴食をしてみました。もう大丈夫なんじゃないかと思って。


結果、今日は久しぶりに胃酸の逆流を喉元に感じています。懐かしいこの感じ。一週間ぶりくらいだけれど。やはりそう簡単には治らないのだということを改めて認識しました。しかしその認識を持つための実験として、昨夜の暴飲暴食は意義のあるものだったと思います。



今日からまた療養に努めなきゃー。