おひさしぶりです。

もはや「お気に入り」からもRSSフィーダーからも

消えてしまった「少なくとも僕には」です。

いろんなことがあった。

とは言わないようにします。

みんな、あったからね。

毎日が矢のように過ぎ去っていくけど、

光の速さに近づければと思う。

そしたら周りはゆっくりに見えるかな。


昨日は、中学からの親友に悩みを聞いてもらって

お互いアドバイスしあって、眠りに就きました。

それがなかったら、なかなか寝付けなかったかも。

とても助けられました。

更新を休んでいる間も、たくさんの素敵な音楽に出会いました。

何度かそれを報告したくて

ブログを書きかけたのですが、

僕の中でルールがあって

今日まで書きませんでした。


この間

「また書いたらいいじゃん」と

言ってくれた友達もいた。

言葉は放たれて、受け取った人の心の中で

芽を出し、樹になる。

実をつけることもあれば、根が心を締め付けることも。

やっと実をつけたよ。

3月が近づくにつれて、友達と話す機会が増えている。

仕事で悩んでいたり、プライベートで悩んでいたり

みんな、解決すべき悩みを抱えている。

それを少しずつ分け合って、日々を過ごしていく。

この文章を読む人たち(基本的には僕を知っている人/僕が知っている人だ)が、

僕の知らない悩みを抱えていて

毎日をサヴァイブしている。

推測できるものもあるし、できないものもある。

大半ができないものだ。

それでも、僕は想像する。

その悩みや苦しみを。

想像力の欠如が悲劇を生むから。

ずっと前から分かっていたことだ。

せすじをしゅっと伸ばして、自分のために、そして何人かの

親しい友人のためにこの文章を書いていければと思う。

「読んでいるだろうな」と思う友人が読んでいなかったり、

予期せぬ人が読んでいることもあるけど。

この一年半、ずっと「個人的な」文章を書いてこなかった。

はっきり言うと、リズムもまったくつかめない。

メロディもリズムも和音も、アクセントもビブラートもでたらめで

フリーフォームの演奏とも呼べない代物になっているのは自覚している。

しかも長尺。

情報化時代と言われて久しい(こう述べる人は大抵、時代に乗れていない)

この現代において、こんな長文を打っている。

一年半ぶりに書く文章なので、「許してくれるだろう」と

あなたに甘えている。

酔っ払ったときに何度か過去ログを読み返していた。

二度と戻らない煌めきが焼き付けられているものもあれば、

「酔っ払っているなー」と笑えてしまうものもある。

全部、僕だ。

23~25歳の僕が、日々をもがいた跡がそこにはある。

これからまた、轍をつけていければと思う。

かけがえのない時間。

こんな風に誰もが見れる環境で、

刻んでいければと思う。

そして、レコードの溝をなぞるように

いつか古ぼけた音で再生できればいいな。

そのとき、僕はいくつになっているだろうか。

あなたはどうしているだろうか。

笑っていられるように

日々を生きよう。

時間いっぱい

行きつ戻りつ、でたらめな文章に付き合ってくれてありがとうございます。

これからまた書いていけたらと思います。

これを読む人が穏やかな日々を過ごせることを願っています。


少なくとも僕には-8月の海

2008年7月 遠くない海にて