考え事をするということは、とても エネルギーがいる。
これは事実だ。
十代後半、僕はエネルギーに満ち満ちていた。
考え事をしないと、むしろエネルギーが零れ落ちてしまうほどに。
それで、どうでもいいことにまで考えを張り巡らしていた。
今は少しずつエネルギーの総量が減ってきている。
考え事をする対象も減ってきている。
年をとると、エネルギーの使い方はうまくなってくる。
総量が減っても、特定の物事に対する考えを深くすることはできる。
それが成長というものだろうか。
僕は、年を重ねることを客観的に見つめたいという思いがある。
その思いは年上の人や年下の人と交流を重ねるたびに強くなる。
「僕より年上なのに、こんなにエネルギーの総量が多い」とか
「年下なのに、エネルギーの使い方に長けているな」とか
思ったりする。
年を重ねる。
何もしなくても、年をとる。
何かに一生懸命になっても、年をとる。
不慮の事故という大きなファクターを無視すれば、
時間というものは、大概の人には平等だ。
時間を見つめる事は、
そのまま自分を見つめることにつながると思うんだな。