JW2世として死ぬまで忠実だった母に聞いてみたいことがある。
父はJWをやめたくて、不貞行為を働き家を出た。
我が家はシングル家庭だった。
母はいよいよ、JWの仲間達を家族と思うようになった。
私たち子供に、母がしてくれたのは
誕生日やその他のお祝い代わりのパーティー
季節毎に泊まりで出かける旅行
かなり頻繁に催してくれたことは、感謝している。
けれど、理解に苦しむのが
「いつも会衆の仲間や同世代の子供達が一緒だったこと」である…
それはなぜだったんですかね、お母さん??
旅行を主催してくれる姉妹、として
母は会衆内の貧乏な家庭の子供達(ハッキリこう書くのは躊躇われるが、経済的に自ら困窮する事を躊躇わない家庭、とでも書けば良いのか)から大層人気だった。
子供達のみならず、10〜20代の兄弟達も、我が家の母がスポンサーになってくれて車も出してくれるので、よく我が家に集まって車を連ね、海や山に日帰り旅行に行っていたものだった。
けれど、
実の子供達としてはこれは時に、非常に困惑する行為だったのだ。
旅行を企画してくれるJWの親!
良いね!
何の文句があるっていうの?
…そう思うだろ?
文句ありまくりなんだよ( ̄^ ̄)
母には、経済的優位であることについて何も邪心がなかった。それは確かだ。他人に自慢することもマウント取ることもなかった。下手に同情することもしなかった。学歴は国立大学卒だから馬鹿ではない。
状況を鑑み、JWであることで、誕生会やクリスマス無しになり、それを引け目に思わないようにと尽力してくれたのだ。
父親のいない私たちがそのために居心地悪い思いをすることがないように、と尽力してくれたことも分かる。
だが、我が子を支えたり、助けたりする際に母は、
他所の子まで支えたり助けたりしたがったのだ。
それの何が悪いの?
そう思う?
悪いんだよ、それは。
やっちゃダメなんだよ。
それが解らない大人が本当に多過ぎて、頭が痛い。
子供にとって親というのは、唯一無二の存在だ。
実のきょうだいですら、私の親を奪う存在、と認識するものなのだ。
長男長女なら一度は下の弟妹に嫉妬したことがあるだろう(記憶が薄れているとしても)
それを解消せずに子育てを続ける親は、
そのうちいつか長子と拗れることになる。
まして他所の子をや。
さらに悪いことに、私の母は、教員だった。
つまり、他所の子を面倒見るのが仕事である。
母はそれにやり甲斐を見出していた、だから野外宣教で研究生を見出し育てることが楽しかったのだ。
やり甲斐のある自分の仕事と
やり甲斐のある宣教奉仕とが第一で、
私たち子供一人一人に十分に向き合ってくれなかった。
「この辺でいいでしょ」
「もう勘弁して」
母はよく私にそう言った。
まだ話は終わっていないのに。
時計で計れる時間分だけ向き合えば、子供は分かってくれる、となぜ勝手に判断するんだ…
幼少期からずっと、私は母にそう感じていたけれど、次第にそれを母に言うことは無くなった。
この人はダメだ
8歳頃だったか
私は母を諦めた。
だから、家族旅行にはいつも誰か会衆内の子供達が同行している記憶しかなく、私のお母さんなのに他所の子の方が母に懐いていることが多くなった。
これがどれだけ、私の心を傷つけていたのか…
母の死後、私自身数年経ってやっと気が付いた。
きっと母は復活してきてもそんなこと、理解しようともするまい。
会いたくもないけどね。
しかし
これはもしかしたら
JWは関係なく
優秀な教員が往々にして我が子の子育てを失敗する原因なのかもしれないな、とふと思った。
「先生んちの子供」って、ワザと反抗したり出来が悪かったりするんだよね。そのロジックが↑これなんだろうな…