羽生くんの「ぜん息」。
今年の24時間TVで「告白」すると知った日からずっと、同じぜん息持ちとしてすごいなあ~と
思い続けてきました。
うん、なかなか理解されるものではないからです。
ぜん息に限らず、疾病等の「苦痛」は個人差はあれど、その経験者にしか解らないもので。
まあ大体、世で致命的と認識されていない疾病の公表は、心無い輩には「同情引いてんのかよ」とか
言われてしまうワケですが。
羽生くんは別に同情して欲しいわけじゃなく、
「ぜん息を言い訳にせず」とか美化称賛されたいわけでもなく。
かつて自らも清水さんから勇気をもらったように、
幼少時からぜん息のリスクがあっても戦い続けて来た、戦い続けて来ることができた自分自身を示す
ことで、病気を抱える全ての子供たちに希望と勇気を与えられたらと、願っての出演なんでしょうね。
アンチやジャンクメディア等に好き勝手言われることも、的外れな同情文を綴られたりする事も、
全部覚悟の上なんやろうなあ。
あの美しい立ち姿のように、本当に芯の強い真っ直ぐなイイ男ですよ。うん。
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その心意気を思うと私自身はもう、いろいろ「理解」を諦めてるなーと、改めて気づく8月下旬。
全ての疾病や身体の故障・不調に、①身体的②経済的③社会的の、3種の苦痛が存在するとして。
「無理解」は③に当たるのかな?
もちろん私自身も、経験したことのないものに関しては大きく「無理解」なわけですが。
ぜん息持ちとして経験する「無理解」と言えば。
投薬や吸引で抑え、環境や呼吸法を整えて、咳が出ないように努めて。努めて。
やっと鎮めた気管支の炎症が再び起きて苦しまないで済むように、常に注意をもって生活してるのに。
ずっと咳きこんで苦しんでいてこそ「ぜん息持ち」のイメージが強いのか、
「ぜん息?別に今、咳してないよね?」とか簡単に言われたりするのが多いかな。
そんな時は、ハハハ勘弁してくれよ!と思うと同時に、
貴様も将来COPDにでもなって私と同じように苦しめ!とか心の底で呪いをかけたりしてますが。
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あ、そうそう。
ジャニでも2次元でも、喫煙可なお店でのオフ会やイベント後のアフターはきつかったかな…。
仲間内に喫煙者がいなくても店内に煙が充満してて充分にしんどくて。
その後1週間ほど体調不良を引きずる経験をしてから、お断りするようになって。
煙草が嫌いとかそういう次元の問題では無いんですよ身体中の血が重い感じで死にそうなんです。と、
一度正直にぜん息のことを話したら、変に気を使わせてしまい。
なんか気まずくなってしまったりして反省して。
今ではボッチが一番気楽!と、安易にオタ友を増やさないようにしてる次第で。
こうして、自分個人の事に関して理解してもらうのを諦めるのは別にそれでいいのですが。
羽生くんに倣って、こんな自分にも誰かの為にできる事・するべき事があるのかなあ…。
うーん。子持ちの友人たちには、
少しでも家系にアレルギー持ちが居るなら、干した布団は頭周りの部分だけでも掃除機で吸うなどして
ぜん息発症のリスクを減らしてあげて!ダンナのはどうでもいいとして、子供の布団だけでも!とか
忠告したりしてますが。(笑)
うん。子供。
全然知らないよその子でも、小さい子が咳に苦しむ姿を見るのは本当に辛いもので。
生きるために必要不可欠な呼吸が苦しくて、脅かされる。
そんな、身体の内側からくる恐怖とずっと付き合い続けねばならなくて。
喉の奥がヒューヒュー鳴るのを聴きながら、疲れ果てて気を失うように眠りについたり。
日夜ザラザラする息を抑えこみながらも、皆と同じように勉強や仕事をして生活して行かねばならない。
この子はこんな歳からそんな人生を経験するのかも…、と思うと、関係ないのになんか泣きそうに
なる自分が居たりして。←
まあ。でも。
ぜん息持ちは気管が落ち着いてて呼吸にさえ問題がなければ、激しめの運動もできるんですけどね。
子供の頃から耐えて戦う生活を日常として育った人は、
精神力・忍耐力も普通の人よりズバ抜けて高くなるんやないかしら…と、羽生くんを見てて思います。
彼の強さは、幼少期からの孤独な戦いから築き上げられたものなのではないかと。
だからこそ、自分はその全てに惹きつけられるのだろう、と。
改めて。ぜん息持ちの一人として世に願うことがあるとすれば、
やはり同じ境遇の人の増加を防ぎたい、同じ境遇の人の苦痛を減らしてあげたいこと、ですかね。
子供からアレルゲン等のリスクを遠ざけて、少しでも守ってあげて欲しい。
大人はCOPDにならないよう気をつけて欲しいです。
変な咳が長く長く続くようなら、速やかに病院で受診することをお勧めします。
今まさに、発症して絶望感を味わってる人には
「医者と薬があればとりあえず生きていける!」
「苦痛が和らいだら思考能力が蘇って、必ず道が開ける!」と言ってあげたいですかね。
えーっと、
私の発症は12歳。
家と中学校のそばの高速道路から飛んでくる塵埃が原因の、アレルギー性気管支炎で。
高校に進学すると同時にかなり治まったのですが、22歳でハウスダストの多い環境の職場に
勤め始めた時、再び成人ぜん息として再発。
その時に血液検査をして初めて、中学の時のぜん息の原因が判明したのでして。
中学当時は一日中、塵埃を吸い込む生活だったから発症したのですよね。
咳が出始めるのはほとんどが日中。10時~14時頃。
ずっと風邪か何かだと思ってて、
ウチの親は私が病気になるとあからさまに迷惑そうな顔をするので、ずっと言えずにいて。
授業の邪魔にならないよう、咳を耐える生活をずっと続けていたその頃の影響なのか、
自分は今も腹式呼吸が身についてて、すごく大きな声も出せます。(笑)
あー、
今思えば中学時代は暗黒やったなあ~。
家にも学校にも居場所が無くて、時に夜に出るぜん息のつらさに心が折れて。
なぜ私みたいな無駄な人間が存在してるんだろう。
なぜ苦しい咳だけ続いて死んでしまえないんだろう、と、何度か自殺を考えて。
軽い鬱だったのかな。
ある日の朝、もうどうしようもない気持ちになって。
すぐ近くの学校とは反対側に向かって歩き出して。
電車に乗って、たどりついた終点の京都でフラフラしていて。
何か危険だと察知したのか、ある女性が話しかけてきて。
見も知らない中学生の私をとても心配してくれて。
「あなたが幸せになれるようにお祈りをさせて」と、手を握って祈ってくれて。
その時は気恥ずかしくて、誤魔化すようにして別れて帰ったんだけど。
駅から家まで泣きながら帰るうちに、なんか全部、全部キレイに吹っ切れて。
居場所なんて、今自分が居るここがもう居場所なわけで。
居心地が悪ければ好きな場所に行けばいいし、自分で環境に手を加えてもいい。
翌日からは全て開き直って、嘘みたいにスッキリした気持ちで登校したのでした。
思えば、自立心が芽生え始めた瞬間だったのかもしれない。
そして京都で出会ったあの女性は、どこか近くの仏様だったのかもしれない…ってところで。
えー、めっちゃ長くなったけど。
絶望感の大半は心の持ちようで払拭される、というひとつの例の話でした。(笑)
平凡な人生の自分が身をもって示せることと言ったら、
「今もぜん息は出たりするけど、上手くコントロールする術もだいぶ身に着けられているし、
仕事もしていて、それなりに恋もして結婚もして離婚もして、←
毎日こんなに忙しくいろんなオタクライフを愉しめていて幸せだよ!」くらいしかないですが。
今日の24TVの羽生くんの演技やメッセージで、
少しでも誰かの心が救われたり、元気になったり勇気を持てたり。
何か素敵な変化がもたらされることを、静かに祈っています。