正観さんによると…。

 

●盗まれたのがわが家でよかった

 

 空き巣に遭い、30万円も盗まれたのにそのことを呪っても、恨んでもいない人の話です。私の子どもの1人は障害児ですが、障害児の親どうしのつきあいで聞きました。

 以前、ある人の家に空き巣が入ったことがありました。たまたま財布に30万円が入っていて、その30万円をまるまる盗まれたのだそうです。

「大変でしたね」と、多くの人が同情しました。しかし、その人は笑顔でこう答えました。

 

「入られた家が、我が家でよかった。たまたま自分の家は、そのお金がなくても何とか生活ができるし、また、たまたま誰もいないときの空き巣だった。もし人がいたら、どういうことになっていたかわからない。

 空き巣に入った人がそのお金をもって帰ったことで、他の家が被害に遭わずに済みました。盗んだ人が、とりあえずその30万円で、1ヵ月か2か月間の生活をしてくれたらいいなと思います。」

 

(イラストはネット画像です)

 

 

👣街道をゆく~05 三浦半島記 武士の世の到来 司馬遼太郎 朝日ビジュアルシリーズ👣

 

 

その1 十二世紀末は 関東に光があふれた

 

 歴史は、ふつう闇の中にある。

 まれに、ある箇所に光芒が射すが、十二世紀末は関東に光があふれた。以下、とくに三浦半島、それも三浦氏のことを念頭に置きつつ書く。

 何にもまして、頼朝の存在が大きい。

 この人物が、1180年に挙平し、1185年、平家を西海に討ち沈までまでの5年間ほど、東国全体の武者にとって華やかな時代はなかった。

 

 

 

その2 三浦半島は、まことに小さい

 

 半島群のことである。

 関東の大地がーー箱根山塊もふくめてーー海に尽き、尽きつつも三つの半島として、相並んでいる。房総半島、三浦半島、そして頼朝が流入の二十年をすごした伊豆半島である。

 この三つの半島が、頼朝のころ、たがいに海上交通で結ばれていて、ときに政治的には一つのように連動したに相違ない。どの半島の浦々にも水軍が発達し、平素は漁労をしたり、物を運んだりしているが、いざというときには、兵員を運ぶ。

 

 頼朝の初期の成功は、地形論として単純だった。この三つの半島が、連動したのである。

 頼朝は、いまの小田原市城の石橋山で平家の大軍に敗れた。生涯に二度目の落人として、のがれて海上にうかんだ。やがて、房総半島をめざした。途中、三浦半島をすぎた。

 その海上で、運よく三浦半島の三浦氏の舟艇群に出くわし、相共にいまの東京湾口を東にゆき、房総半島に上陸した。

 やがて、頼朝は三浦半島にもどって、鎌倉に府を定める。この三つの半島が、関連しあって、旗揚げ早々の頼朝の基礎勢力を作った。半島のもつ玄妙さといっていい。

 

 

その3 鎌倉で語るべきものの第一は、武士たちの節義というものであろう

 

 いまは鎌倉市域は舗装されていて、土の道を歩くことはない。

 戦前、雨上がりの路傍などで、人骨の小片がちらばっているのを見ることが多かったそうである。

 鎌倉のころ、この市街で合戦が終わると、奇特なたれかが大穴を堀り、敵の死屍を埋めた。しばしば深くはうずめなかった。このため、ときに骨が露出した。

 鎌倉で語るべきものの第一は、武士たちの節義というものだろう。ついでかれらの死についてのいさぎよさと言っていい。こればかりは、古今東西の歴史の中できわだっている。

 が、それらは、博物館で見ることはできず、雨後、山道でも歩いて、碁石よりも小さなセピア色の細片でも見つけて感慨をもつ以外はない。

 

その4 海軍士官はスマートであれ

 

 政治・政治家ということばは、あたらしい。

 明治後、ヨーロッパ語の訳として定着した日本語である。

 この新鮮な日本語に該当する幕末人の一人は、小栗上野介忠順(1827~68)であったにちがいない。

 小栗は慎重な男ながら、ナポレオン三世が投げてくる球を、幕府中心主義者として巧みに受けた。

 三浦半島の一漁村にすぎなかった横須賀に、フランスのツーロン軍港を範とする一大艦船製造所を興したのも、フランスの異常な対日接近をうまく利用した成果といっていい。

 この造船所が、日本の近代工学のいっさいの源泉になった。

 問題は、金だった。幕府財政は、疲弊しきっていた。

 小栗は、いわば無から有を出した。とりあえず百万ドルといわれたこの建設費は、横浜から輸出される生糸を担保としてフランスから借りることで解決した。

「これで、たとえ(幕府が)売り家になっても、蔵つきになります」

 小栗上野介の有名な言葉である。

 

 

 

その5 空海の風景

 

実践から生まれる新しい自分…菅直人

 

 空海という天才は、千二百年を超える時間の長さに耐えるような思考と行動を残した。ところがわれわれ政治家は、せいぜい50年先のことくらいしか頭にない。

 

…一応、菅さんも山口県出身だけど、選挙区が東京なので、山口県歴代総理大臣には、入れてもらえないみたい。かわいそうだな…。

 

 

♪私の好きな音楽♪

 

441曲目 「思い出のサマー」  ブライアンアダムス

 

夏の思い出ってみなさんありますよね。

私も甘ーい思い出あります!!

いいね。思い出って!!

 

今日も見ていただきありがとうございます。

朝、思い出の曲を聴いて、うれしいスタートになりました。

次回は、土曜日にお会いしましょう!

ごきげんよう。またね…。