正観さんによると…。

 

●楽しんでいる人の姿

 

 このように長女とつき合いながら私が学んだことは、教育論、理想論、観念論を子どもに教え込むという方法論は役に立たない、意味がないということでした。

 「こう生きるべきだ」とか「好き嫌いを言ってはいけない」とか「心を込めて作ってくださったものだから、残すのはいけないよ」というような精神論や教育論をいくら教え込んでも、子どもはそれで説得できません。

 

 子どもに言うことを聞いてもらうためには、ただひたすら喜ぶこと。

 そして、その子がそうしてくれたときに褒める。

 この方法論しかないということに気がついたのです。

 

 ただひたすら、子どもが楽しい気持ちになるように周りの人がしてあげること。

 そうすると、子どもは楽しい方向に誘われるのだ、ということがわかったのです。

 

 

📚私の読書📚

 

 

328冊目  「徳川武将列伝」 すずき孔  監修:小和田哲男  戎光祥出版

 

戦国乱世を駆け抜けた徳川家康の家臣たち!

これは確か昨年の9月に広島県の福山城に行ったときに購入したマンガです。

ほったらかしでした。

 

その1 本田忠勝…戦国最強の家康の懐刀

 

 関ヶ原の戦後処理における一つのエピソードとして、忠勝は娘婿の真田信之を伴い西軍に加担した真田昌幸・信繁(幸村)の助命を徳川家康に嘆願した。

 しかし真田軍に苦しめられた家康が聞き入れるはずもない。

 ……すると、忠勝は

「ならば殿と一戦するまででござる」

 

 これには、家康ばかりか信之もあっけにとられ、真田親子はまぬがれ配流となる。

 このことが後々正しかったかどうかは別として……、

「守ると決めたら命がけで守る」

彼はそんな男気のある人間であった。

 

※大河ドラマの真田丸では、近藤正臣さんが熱演されていたね。

なつかしー!!

 

その2  成瀬正成……犬山城主となった家康のブレーン

 

 生真面目ゆえに大名から転落した男―成瀬正成

ーしかしその子孫は

どんな大名よりも長く城主でありつづけた。

 

犬山城は国宝で好きだもんね。

 

 

その3 服部正成……忍者「服部半蔵」のモデルとなった「鬼半蔵」

 

伊賀者である服部保長の五男として岡崎に生まれた。

家康を数々の場面で伊賀者と共に守ったのだけど、

なりたかった大名にはなれず、忍びの頭目として結局55歳で亡くなるまで家康を助けていたと言われています。

 

※徳川の家臣は、(徳川三代だけど)なかなか面白い家臣たちです。

 

 

329冊目 岩田さん…岩田聡はこんなことを話していた

 

    ほぼ日刊イトイ新聞  ほぼ日ブックス

 

岩田聡  任天堂元代表取締役社長

 

世界中のゲームファンとゲームクリエイターに愛された人

 

〇もし逃げたら自分は一生後悔する。

〇自分以外の人に敬意を持てるかどうか

〇ご褒美を見つけられる能力

 

☆糸井重里が語る岩田さん

 

「みんながハッピーであることを実現したい人なんです」

 

会えば会うほど信頼するようになった。

みんなの環境をまず整えた。

どういう場にいてもちょっと弟役。

ずっとしゃべっている。それがたのしいんですよ。

病気のときも、岩田さんらしかった。

「ハッピー」を増やそうとしていた。

 

※私はほとんどゲームはしないけれど、わが子がたくさんお世話になりました。

 

 

 

 

♪私の好きな歌♪

 

641曲目  「心の愛」(再)

 

もう3回目くらいかな?大好きな洋楽ですね。

キセキと同じくらい何回も紹介していますね♪

 

 

今日も見ていただきありがとうございます。

少し冷えますが、頑張って週末を乗り切りましょうね♪

次回は、日曜日にお会いしましょう

ごきげんよう!またね♪