正観さんによると…。
私たちは神社に詣で、一年間にたくさんの願いや望みを要求してきました。しかし、多分、年間千という大台で「神さま」にお願いしてきた人は少ないことでしょう。私たちが「神さま」に対してする「お願い」は、年間数百のレベルでした。
「神さま」は私たち一人一人に対して、年間、数千とか数万とかのレベルではなく、数億とか数兆ものもの「与えること」「してあげること」をしてきてくださっているのかもしれません。未熟な私たちにはそれが‟見えない”‟わからない”だけのこと。
「子」が「親」に対するのと同じように、私たち「子」が‟親”である「神」に対して、「してもらう」ばかりではあるけれども、とりあえず「ありがとう」と「感謝の心」を「神さま」に言えるようになったら、「神さま」の側からすれば、「それでいい」「それだけで充分に満足」ということになるのではないでしょうか。
「神」の目から見れば、私たち「人間」は、赤子、あるいは乳幼児。どんなに私たちが年をとって経験を積み重ねても、「神」から見れば未熟で不充分であることは間違いありません。
その、無限に「し続け」、「与え続けて」くださる「神」に対し、圧倒的に力が足りない「人間」=私たちに、できることはいったい何か。
それは、「当然」と思わず「ありがとう」と「感謝」する心でしょう。
人間の「親子の関係」が、「神」と「子」の‟親子関係”の見本になっている、そのために‟親子関係”を見せている、というのは、良い意味でのとても大きな衝撃でした。

☆昨日の私のありがとう☆
くたくただけどうれしい!
昨日はもう体はくたくた。心もちょっぴり疲れている。
でもでもうれしいことがいっぱいありました。
素敵な贈り物が届いたり、夏に旅行でご一緒するお友達から連絡が来たり、仲良しのお友達からメッセージをいただいたりと、本当にくたくたが吹き飛ぶくらいうれしかったです。
みんなどこかで気遣ってくれている。
幸せなことです。私はお友達に恵まれています。
本当にありがとう!
あらためて出会いに、ご縁に感謝です。