正観さんによると…。
 (ただし、意識が高い人=心の扉が開いた人=は、「子供は3歳までに、一生涯の親孝行をし終えている」と言います。ニコッと笑った乳児に、お彩は心から安らぎを感じ、幸せに思います。ですから、「してあげるだけ」ではないかもしれませんが、ここでは「する側」「される側」という意味で、あえて「してあげるだけ」という前提で話を進めましょう。)

 親が子に何かを「してあげる」とき、何も返るものがなくてもよいのですが、「ありがとう」という言葉や「感謝の心」が返ってくると、「してあげたこと」に対する虚しさ、哀しさ、つらさは湧いてきません。

 何かを親が子にしたとき、「親が子にするのは当然だ」という態度が子の側に見えたとき、多くの親は哀しい思いをします。

 が、「当然」ではなく、「感謝」が感じられると、「してあげたこと」は(親の側から見ての)「当然」になります。‟感謝”の念が「当然」の存在位置を「子」から「親」に変えてしまうのです。

 そういう‟親子関係”、親と子のありようこそが、「神」と「人」との関係でもあるらしいのです。

 地球上の全ての存在物は、「他の存在物から喜ばれたい」という意思を持って存在しています。もちろん、人間とて例外ではありません。

 同様に、「神さま」も万物に対して「喜ばれる存在」でありたいと願っているように思えます。「万物に対して」ですから、「人間」に対してもきっとそうでしょう。

 で、「神」と「人」との関係を、「親」と「子」に置き換えてみます。
「神」は「人」に対し、ただひたすら与え続け、「してあげるだけ」の存在だったのではないでしょうか。

かたつむり

☆昨日の私のありがとう☆

その1 もう一人の叔母さん
 義父の姉妹にあたるドラゴンパパの叔母さんなのですが、その方の住んでおられる市役所から文書が送ってきました。3月にー。亡くなった義母の時代からですが、その叔母さんは生活保護を受けておられます。遠い遠いはるか離れた町でー。その叔母さんはお見合いでそこへ嫁がれたようですが、おじさんの浮気とかいろいろなことで、あまりお幸せな人生ではなかったようです。私も3,4回お会いしたことがあります。
 まー役場からは、生活やお金の援助のお願いの文書なのですが、以前もこのようなことがあったとき、義父母は援助をしないという決定をし、回答したようです。今回は扶養の義務がある3親等内の義父ももう介護状態であること、下手な援助をするとその叔母さんの娘さんまで私たちにかかってくることを考え、辞退させてもらうという回答と、それでも親戚なので、年に1回くらいは少し援助させてもらうという回答をさせてもらいました。

 とりあえずほんの気持ちのお金を休日に送ったら届いたのでしょう。昨日お礼の電話がありました。叔母さんは「情けない。恥ずかしい」と電話口で大きな声を出されていましたが、他の親戚からも少し援助があったそうです。何もできないけれど、遠い町でがんばって生きてくださいね。親戚の中には、いろいろな人生を歩んでおられる方がいますねー。

その2 やっといつものペース
 一昨日の仕事は、本当に疲れた一日でしたが、昨日はやっといつものペースになりました。昨年度の積み重ねがありますね。少し安堵しました。まだまだいろいろあるでしょうが、あきらめずに修正を繰り返して、共に成長していきましょ!フー!!

その3 ネット環境
 今日の朝、途中でインターネットが使えなくなり、あの手この手でいろいろ試すがダメ。今日のブログアップはあきらめていました。すると、最後の頼みドラゴンパパが起きたご様子で、泣いたふりして頼むと、なんと単なる飛行機モードになっていたと言われ、3,4分で復旧しました。あー人間一人では生きていけない。いや、私だけかも!つくづく自分の無能さを知りました。もう仕事に行っていますが、ドラゴンパパありがとう。ドラゴンパパが遅く帰ってきた時も私は平気のへの字で寝ていて、一人で晩御飯も食べさせて…。悪妻ですが、感謝しております。

おまけ…ソフトバンクの和田選手…久しぶりの勝利おめでとう!うれしいニュースでした!