正観さんによると…。
急に死なれた場合には、それは涙というかたちで人間の体の水分が出ていくような気がします。一方、長く病院などにいて看病に明け暮れた場合には、その間に汗というものが体の中からしぼり出されます。急に死なれたことで流す涙と、長い間の看護や看病で流す汗の量は、変わらないのかもしれません。神はそのように設定しているのかもしれないのです。
私たちは人の死を迎えたときに、どちらか一方しか知らないがゆえに、急に死なれたときは、「もっと長く覚悟の時間が欲しかった」と言い、長患いをされたときは、「心の準備ができたから、ある程度はよかった」と言い、そういうふうにものを考えるようになっています。しかし、結局は神の目から見たら、流す汗の量、あるいは、涙の量、使うべき労苦、エネルギーと言うのは同じようになrているのかもしれません。
いたずらに悲しむのではなく、そのように選んでその親しい人は逝ったということを、それがその人の優しさでありメッセージであったということを理解したいと思うのです。
ついでに言っておきますと、前に書いたように、人間の死は自分自身で書いたプログラムのようです。自分がどのようにいつ死ぬかということ、そしてどのようなかたちで死ぬかということも全部決めてきている。ですから、あと10分早く救急車を呼べばとか、あの時に別の方法を取っていれば何とかなっただろうとか、そういうことを考えるのは無意味です。必ずそのときにそのかたちで死ぬようになっていた。ですから、それを悔いたり自分のせいだと思い込むことは全く意味がありません。
大事なのは、死んでからその死を悔やみ悩むことではなく、今、目の前にその人がいるときに、いかにその人を大事にするか、今生きているその瞬間をいかに大事に過ごすか、ということだと思うのです。

☆昨日の私のありがとう☆
満月

昨日は素敵な満月でした。長男のうり坊とのデートもどうやら願いが叶いそうだし、4月の初めにはブログ友達さんと会うこともできそうだし、本当によいこともありますね。楽しみです!お月さまありがとう!
♪旅立ちの日に♪
合唱曲。作詞は、当時の校長であった小嶋登。作曲は、音楽教諭の坂本浩美(現・高橋浩美)。編曲は、多くの合唱曲を手掛けている松井孝夫
白い光りの中に 山なみは萌(も)えて
遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ
自由を駆ける鳥よ ふり返ることもせず
勇気を翼にこめて 希望の風にのり
このひろい大空に 夢をたくして
懐かしい友の声 ふとよみがえる
意味もないいさかいに 泣いたあのとき
心かよったうれしさに 抱き合った日よ
みんなすぎたけれど 思いで強く抱いて
勇気を翼に込めて 希望の風にのり
このひろい大空に 夢をたくして
いま 別れのとき
飛び立とう 未来信じて
弾む若い力信じて
このひろい
このひろい 大空に
いま 別れのとき
飛び立とう 未来信じて
弾む若い力信じて
このひろい
このひろい 大空に
※卒業ソング…と聞かれ、いろいろあるけれど、昔は仰げば尊し、蛍の光でしたが、今ではこの曲「旅立ちの日に」が定番ですね。とても素敵な曲です。ピアノ伴奏もいいのでうよ。グッときますよ。今日もありがとう!
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