正観さんは、考えてみると、穏やかな空気を渇望する気持ち、そして旅行作家への道、この二つの道を正観さんに与えてくれたのは両親だったそうです。

-喧嘩の絶えないわが家
家の中を物が飛び交っていて、両親がいつもお互いを罵り合っていたそうです。

-家出
家業のスーパーを継ぐ継がないで、父親から阿「出ていけ」と言われ、「わかりました」と静かに家を出ました。二十一歳の時です。

-結婚
結婚するに当たって家庭をつくる際にも、子供のことでも、どうしたら喧嘩のない穏やかな環境ができるか、それが正観さんの人生のもっとも切実な願いとなりました。

-生まれてきた子ども
そして障害児の長女さんが現れます。長女さんは他人と闘うことを全く知りません。一歳違いの次女さんも最初は長女さんの遊んでいた物をひっぱっていたそうですが、お姉ちゃんとの関係で、引っ張ることがまったく意味がないことが次第に分かったそうです。

 二十一歳のころまで、わが家で親から教わったとげとげしい空気のこと、結婚前に妻に言った、ものごとの正しいだの間違いだのを言い争うのはやめよう、それより争いごとのない家庭をつくろうということ……。結婚後3年たってやっと生まれた子どもが知恵遅れの子だったこと……。その子が衝撃的な価値の転換を教えてくれたこと……。その妹、次女もそういう人格を得たこと……。これらはぜーんぶシナリオ通りなんだということに気が付いたそうです。

-旅行作家
小学校4年の時に、朝起きると朝食がなく、母親の姿が見えないのです。父親と諍いをした母が家出をしたのでしょう。父が「私が呼びに行っても帰ってこないから、お前が行ってお母さんを連れてこい」
 小学校4年生が、東京・深川から群馬県のある駅までの大旅行です。こうして、正観さんは、小学校6年生ぐらいのころには、母親の家出騒ぎのおかげで、幼くして国鉄の時刻表や営業案内を読めるようになったそうです。

 このように一つ一つが欠かせないんです。全体の流れの中に余分なものはなに一つありません。ドラマにするとしたら、どの部分も削れません。どの部分を削ってもつながりが消えてしまいます。つまりぜんぶが必然だったんです。
 すごいでしょう、人間というのはものすごいドラマを演じています。

☆昨日の私のありがとう☆
その1 けなげな人
 ある若い人が一生懸命自分の事以外に他の人のためにしていた光景を見た。今日のありがとうはまずこの人。とっても若いのに、なんてできた人なのでしょう。ありがとう。Kさん。心がほんわかした時間でした。

その2 ほんわか言葉
 悪い言葉、「いやな言葉」は毒があって、剣のように心を突き刺す、しかし意外にも「ほんわか言葉」を探して見ると、いっぱい出てくる。出てくる。ついほんわか言葉って当たり前のように使っているから、あまりインパクトがないのかな。ほんわか言葉を受けとめる力が不足しているのかな。意外と見つけようとすると、たくさん見つけることができた。よーし、これからもほんわか言葉をシャワーのように言っていこう。「ほんわか言葉」ありがとう。

その3 ジムに行く。
 腰が痛いと言っておきながら、少し調子がよいと、ついジムに行ってみてしまった。私はマゾでしょうか。ゆっくりと2回サーキットを回りました。まー気持ちがいいね。腰も大丈夫。帰ってから海鮮焼きそばを食べましたよ。ポテトサラダ付きでね。よく運動し、よく食べ、よく寝る。これがいいね。今日もありがとう。やっとこさお休み。うれしいな。