● 【遠慮する】 ― 他人に対して控えめな行動をすること
こんなひ弱そうなぼくでも、
実のところ若い頃は(いや、今も若いけど 笑)、ダメなこといっぱいやらかしました(笑)
人の前では『オヒトヨシ』の仮面をかぶるのが得意だったんです。
でも、ずっと今に至るまで変わらない一面があります。
それは、自分にとって大事な場面でやらかしてしまう『遠慮』。
「控えめでいいわねーー」
たしかに外から見ればそうかもしれないし、とても優しい人に思ってもらえるかもしれない。
でも『遠慮』には善し悪しがあります。
ぼくにとってこれまでの『遠慮』は、その場を凌いだり、
他人にその場で嫌われないように取り繕うものでしかなかった気がするのです。
今、思いかえしてみればね(^^)
「これは自分にとってすごいチャンスがやってきた!!」
そんな場面で、同じようにチャンスを迎えた人がいたら
「あ、あ… ぼくはええわ、どうぞどうぞ、ぼくのこと気にせんとやってください」って、
せっかく積み上げてきたものをそのどうなるかも分からない他人に譲ってしまうクセがあったんです。
その人のためになるなら…
そう思う反面、これでこの人に感謝してもらえる、嫌われなくて済むと、
結局は自分のオヒトヨシさを前に出したかっただけかもしれないですね。
ぼくにとって宝と言える音楽もそう。
これまで再三チャンスに出くわした。
でも、やっとのことで本当にやりたいことが巡ってきたときに
「あー、そうなんだね… そういうふうに進んでいくことに決めたんだね… 今までのあなたはすごく良かったんだけどなーーー、残念、でもがんばってね」
この「今まではよかった」や「残念」の言葉が3つ来ると動揺し、
結局は自らがピンときたチャンスをそれだけで放棄し、悔しいながらも元のさやにおさまってしまうという。
「でもこれで安泰だ、きっと挑戦しなくて良かったんだ! ブレーキをかけてくれたんだ!!」
そうやって気持ちを切り替えるとスキっとする。
しかし、問題はそのあと…。
そうやって声をかけてくれた人たちは、また新しい何かに向かっていき、ぼくに関わりを持たなくなる…(+o+)
そしてまた、フリダシに戻り、いやフリダシならまだしも、むしろ後退し、
後悔という一番来てほしくないものに苦しめられる。
こんな繰り返しで30年、音楽活動をやってきました。
『遠慮』の使い方を間違ってたかも!
今年に入って、やっとそれに気付けた自分がいます。
人生、折り返し地点。
ぼくにとって、繰り返してきた『遠慮』が功を奏するときがやってきた気がするのです。
後悔だらけの30年だったけど、その生き方だったからこそ今になって、
自分の人生にとって本当に必要だと思える人たちに出逢えるようになったのだと思います。
これこそ『遠慮』が招いた幸運!
もう尻込みしている余裕はありません。
これからは、生まれてからずっと培ってきたものを、
自分がチャンスだとピンときたものに全て注ぎこんでいこうと思うのです。
それは音楽に限らず全部。
きっとこれまでに重ねてきた後悔は、
逆にぼくにとって最強の〝勘〟へと生まれ変わったと信じています。
チャンスに乗っかることによって離れていくものもあるかもしれません。
それは人に限らず、全てにおいて。
不謹慎な言い方かもしれませんが、それは仕方がないこと。
本当に自分の人生に共感してくれてたんじゃないんだなと、僕の場合はこう思うしかありません。
そうでも思わなきゃ、ぼくはまた過去を繰り返してしまいます。
本当に人のためになりたいなら、まず自分の心を充実させて、自分を好きになるべき。
運命や奇跡に頼らざるを得ないこともあったりで、性格上、一番難しいとこなんですけどね(笑)
チャンスに乗っかり、努力を重ね、チャンスを大いに活かし、その結果はどうであれ、
本当に自分が活き活きした姿になり、ひとまわりもふたまわりも大きくなり、
本当のなりたかった自分になってから、本当の意味での『遠慮』が自然体でできるようになってこそ、
本当のオヒトヨシになれるんだと。
少なくとも要領悪く、後悔を重ねたこのぼくの場合はの話でした(^_^)/
いっぽかふぇfoo店主 兼 ソングライター ひらやましんじ

