彼が予約してくれた店は、これまたすばらしい店だった。注文したカツオのタタキは絶品。夏に食べるカツオのタタキは実にうまかった。また、それに加えて今迄食べたことのない塩で食べるタタキも出てきて、彼のおもてなしの手際のよさに改めて関心するとともに、そこでも軽い嫉妬を覚えた。日頃食の細い彼女も、その日は驚くほど食べ物を口に運んでいた。
酒も幾分進み、話が盛り上がっていた頃、何やら掘りごたつのテーブルの下から私の足に衝撃が走る。ん?と思ってふと下を除くと、私の向かいに座っていた彼女の足が私の足を小突いていたのだった。彼に気付かれないように彼女と目をチラリと合わすと、何やら彼女の顔はすねている。その原因はよくわからなかったが、私も仕返しとばかりに、彼と話をしているテーブルの下で彼女との足の小突き合いが始まった。やがてそれは小突きあいから絡ませあいに変っていった。手をつなげないぶん、せめて足でも・・・というところだろうか。そんな水面下の絡み合いなど彼は知る由も無く、我々はただただ何気ない会話を交わすのであった。
うまい物を一通り食べた後、その店を出て次の店で飲みなおそうということになった。
次の店に向かう途中、ほろ酔い気分の彼女は再びわけのわからない行動を見せる。彼女はチラリと私の方を見たかと思うと、何を思ったか、おもむろに彼と腕を組んだのだ。まるで私に
「どう?」といわんばかりの表情で・・・。私は彼女が何を考えてるのかわからなかった。ましてやその腕を離せ!なんてことも言えるはずもない。彼の前では彼女との関係はただの同僚なのだ。ただただそれを見て、
「何やってんだよ・・・酔っ払いが!」と、引き攣ったような笑顔で言う以外に言葉は出なかった。
次に入ったところは豚肉を専門に扱う店だった。すでに前の店でたらふく食べていたのだが、そのうまさについつい箸が進んだ。しかしながら私は酒が入っているせいか満腹中枢が麻痺している。ついでに数種類の酒を飲んでいたせいか、次第に頭がぐるぐる回り始めていた。
そして、約束の終了時間の9時になった。
我々は店を出て、彼に今日一日の最高のおもてなしに心から感謝した。通常ならまだまだ飲み歩いて語り合いたいところだが、明日のこともあるし・・・と、早い時間にホテルに戻ることを彼女と二人で彼に何度も詫びた。心の中でも「ホント、すまん」と何度も手を合わせた。さすがに申し訳ないと思った。しかしどうしても譲れないものがある。彼はキサクに、いいよいいよ、また自分もそっちに顔出すから、と言って私と硬い握手と抱擁を交わして彼と別れた。彼と飲んだ後は必ず抱擁し合うことにしている。彼女はそれを見て、いいな~、男の人は・・・と羨ましがった。
再び二人きりになった我々はホテルの方向へ歩き始めた。珍しく彼女は酔っているようだった。私はといえば、それ以上に酔っていた。なんだか彼女より酔っていることが悔しかった。しかし、彼女の様子は一軒目の店を出る時と同じように、相変わらずおかしかった。
「ねえ、さっきからどうしたの?様子がおかしいよ?」「ふん!」さして本気で怒っているようでもないが、彼女はこう続けた。
「もう・・・楽しそうに家族の話してたでしょ!」 それを聞いて私は、「あ・・・」と思った。車の中で時折見せた彼女の寂し気な表情や、掘りごたつの下で小突きあい、彼と腕を組みながら見せた彼女の表情。全てはそれが原因だったのだ。
話の中で出てきた話題だとは言え、あまりにも迂闊だった。久々に会った彼との間で交わした会話だったが、私はついつい調子に乗ってしまっていたようだ。彼女のその言葉を聞いて、何も言い返すことができなかった。ただ、
「ご、ごめん・・・」としか言いようがなかった。
「幸せそうな会話だったから、結構辛かったんですよ?でも、しょうがないですもんね・・・」そう言いながら彼女は今迄押し殺していた感情を噴出すように私に抱きついてきた。そんな彼女を私は強く抱きしめた。なんとかそんな嫌な気持ちをそうしてあげることで早く消し去ってやりたかった。
道中、暗い路地で時折彼女は歩きながら私にキスを迫った。人目もはばからず、私もそれに精一杯応えた。お互いの気持ちを確認しあうかのような、深く、激しいキスだった。
途中、コンビニに寄ってデザートと飲み物を買ってホテルに戻った。後でまた一緒に食べようと言い、それぞれの部屋に入った。
私は部屋に入るとすぐさま汗を流すためにシャワーを浴びた。それを終えると私はベッドに寝転んだ。すると、突然激しい眠気と酔いが私を襲ってきた。やはり飲みすぎたようだ・・・。注意はしていたものの、ついついうまい食べ物と楽しい酒の席、ついつい後のことを考えずにやらかしてしまった。私の場合、そこから回復するには充分な睡眠以外手立てがないのである。しかしそれでは、せっかく彼女と夜を過ごすために友人に嘘までついた二人の計画が水の泡となってしまう。私はすぐさま彼女に
「はやくこっちおいで~」とメールを送った。
しかしながら女の子にはいろいろと準備があるようだ。連絡をしてからどれくらい経過しただろう。私はベッドの上で眠ってしまった。気がついたのは、彼女から
「準備できたからそろそろ行きますね?」 というメールが入った時だった。目覚めると激しい頭痛が私を襲っていた。
彼女が私の部屋に入ると、まず二人で買ってきたデザートを食べた。私はその激しい頭痛のため食べきれず、残りを冷蔵庫へ戻した。彼女にはそんな弱った私を見せたくはなかったので、必死に平静を装っていた。
彼女はその日もノーメイクで現れてくれた。またそれが嬉しかった。更に嬉しかったのは彼女がパジャマ姿だったことだ。デザートタイムを終え、会話も中途半端に、私は本能のまま、そんな彼女をベッドへ横に寝かせた。そして京都で会って以来、久々にきれいなシーツの上での愛情の確かめ合いが始まった。
一応、酔っ払ってすこぶる気分が悪かったとはいえ、私の下半身は正常に機能していた。ただ、いつもと違うのは彼女を愛撫する私の指がなかなか動かないこと・・・。指を激しく動かそうとする度に、私の頭の血管が悲鳴を上げた。前戯も中途半端に、私は冷や汗をかきながら彼女の上に覆いかぶさった。特に何度も体位を変えるでもなく、私は本能の赴くままに腰を動かし、最後は彼女が上になったところで、私は彼女の中で果てた。
そして・・・その直後。果てたと同時に私の頭の血が全て下に降りて来たかのような気がした。一瞬にして私の顔は蒼白になった。貧血にも似た症状に加え、それまで続いていた頭痛がより一層激しさを増し、私はそれ以降ほとんど身動きができない状況になった。彼女もそこで私の異変に気付いたようだ。
「どうしたんですか??大丈夫ですか??」「ううう・・・頭痛い・・・飲みすぎた・・・」実に格好悪かった。普通そこまで体調悪いなら無理しないのが当たり前だろう。欲望の赴くまま行動してしまった罰だった。さぞや彼女は呆れることだろうと思った。
しかし、彼女は呆れるどころか、そんな私を心から心配してくれた。冷や汗をかきながら唸っている私を、彼女は私が深い眠りにつくまで看病してくれたのだ。時にタオルで汗を拭い、痛む頭のこめかみを優しく夜中中マッサージしてくれたのだった。薄れ行く意識の中で、そんな彼女の優しさだけはしっかり記憶していた。なんて自分は馬鹿な男だろう・・・。彼女の献身的な優しさを感じながら、激しく自分を罵った。
私は明け方近くになって目が覚めた。隣りにはかわいい寝息を立てる彼女がいる。気付けばすっかり頭痛は消えていた。彼女のお陰だった。また、私はちゃんと服を身に着けていた。起きてすぐの時、彼女が着せてくれたのかと思ったが、思えばあの苦しみの中、途中でのっそり体を起こしてなんとか服だけは自分の力で身にまとったことを思い出した。彼女自身もパジャマを身に着けていた。
私は喉の渇きを感じて、彼女を起こさぬよう、静かに枕元のペットボトルのお茶に手を差し伸べた時、彼女もふと目を覚ましてしまった。
「あ・・・もう、大丈夫ですか?」「ごめん、起こしちゃった?昨夜は迷惑かけてごめんね?」「うふふ、なんだか、可愛かったですよ?でも心配しました。」「情けないところ見せちゃったなあ。でも、ホント、ありがとね?」 そう言って私はお茶を口にした。
「私も喉渇きました。」「よっしゃ!」 私はもう一度お茶を口に含むと、それを彼女の口元まで運んだ。そして、何かにとりつかれたようにお互い激しく唇を交わした。
昨夜の中途半端な愛情の確認を、今度は一時も無駄にしまいと、二人は再び朝から時間が許す限り激しく体を交わらせた。今度は私の指にも力が入った。そして、その朝私は結局二度彼女の中で果てた。
その日も高知は晴れていた。もう一日、二人の過ごせる時間が与えられている。昨夜は元同僚のおもてなし。今日は私が彼女をおもてなしする日。その日の計画は相変わらず未定だったが、行き当たりばったりの予定の方が、自分達にはやはり合っているかもしれない。そんな話をベッドの中でしながら、二人は迫り来るチャックアウトの時間を気にしながらぎりぎりまで抱擁し合った。