私は真新しい車の感触を確かめながら職場に向かう。私の会社はお盆休みなど関係なく、いつもどおりの出勤だ。出勤するとは言っても、こんな時期は来客もないので仕事も特に忙しいわけではない。こんな時は意外に職場の連中は休みをとらないものだ。休暇をとることがなんだか悪いことのように感じるのだろう。しかし敢えて私はこの日は昼から休みをとることにする。特に人員が足りているので、私一人欠けたところで何の問題もないだろう。上司に昼から休むことを伝えるが、当然というかあっさろ許可がおりる。これで問題ない。そう。この日はロッカーを隔てた隣の机で仕事をしている彼女とともに昼からこっそりデートするのだ。彼女も何の問題もなく休暇が昼からとれた。「勿論」、二人同時に休んでも誰も我々の仲を疑う者もいない。
昼休みに入ると、私はそそくさと職場を後にする。彼女は少し間を置いていつもの待ち合わせ場所のコンビニで待つことになる。
私はいつものように車をコンビニに着けると、彼女は足早に私の車に乗り込んできた。満面の笑みだ。
「すごいですね。新車の香りがしますよ?」
「そりゃそうだ。しかも助手席に人が乗るのは君が一番だよ?」
「本当ですか?」
そう言うとお互い自然にいつものように車内で強く手を握る。再び彼女は満面の笑みを浮かべる。なんせお日様の当たる時間に一緒にいること自体が久しぶりなことなのだ。そのまま私たちは少しでも知り合いに会う可能性の少ない隣町で昼食をとることにした。
ただ、満面の笑みを浮かべる彼女に対し、私の表情は彼女にどう映っただろう。私は心の底にある、何か得体の知れない不安感を顔に出さぬよう、どこか笑顔を繕っていたかもしれない。仕事を休むことへの罪悪感ではない。いったいなんだろう。昼の日中に二人で外へ出ることへの不安感だろうか。思えば、地元に出張から帰ってから彼女と勤務後に密会することには少なからず不安はあった。当然のことながら時間が経過すれば必ず彼女と離れて帰宅しなければならない。私に課せられた家事もある。しかしそんな不安など今感じる必要のない時間帯だった。わからない。とにかく心の中がいつもと違って落ち着かなかった。そんな不安を表に出さぬよう、とにかく彼女の手を強く握ったまま目的の場所に辿り着いた。
そこでの昼食。いつもは食の細い彼女だが、この日はどんどん箸が進むようだ。会話も流暢で、とにかく浮き浮きしている様子だ。先日、体調不良で倒れた日と比べれば嘘のように元気だった。比べて私は得体の知れぬ不安のせいであまり箸が進まない。しかしそれを悟られまいと、必死で箸を進めた。
最後のデザートを食べ終え、我々は店を出る。満足気な彼女は店を出るなり手を繋いで引っ付いてくる。店に入って空席待ちをしている時もである。少々あからさまであるので何気なく離れようと思うが、強く組まれた腕はそれを許してはくれなかった。まるで、この貴重な二人の時間を一寸たりとも無駄にしないぞ、と感じれるほど。彼女の今までの寂しさを顕著に表わしていた。
車に乗り込むと、この後どうする、という話になる。私は相変わらず無計画で、正直昼食後の予定など全く考えておらず、その場の雰囲気で彼女と相談すればいい、と簡単に考えていたのだ。しかしながら、なかなか二人の意見は一致しなかった。あまり人目に着く所へ行くことも避けなければならなかった。
結局、「二人だけでゆっくりできるところ」は?という考えに行き着く。最終的には私が決断をしなければならなかった。二人でゆっくりできるところ・・・。
私は彼女の顔色を窺がった。彼女はいったいどんな場所を期待しているのだ・・・。どんな言葉を待っているのだろう・・・。もうすでに私の頭の中では一つの案が浮かんでいた。しかし、なかなかそれが言い出せなかった。言うのが怖かった。それを言うと、「結局それ?」と思われてしまうことが怖かった。私の頭の中はそれしかないのかと思われるのが怖かった。彼女が倒れた日に、自分が手を出してしまった事を自分自身ひたすら恥じていたくせに・・・。いくら身体を交わした仲とはいえ、こんな貴重な二人の時間を、そんなことに費やすのか・・・。頭に沸き起こる欲望を、必死に過去の恥ずかしい自分を思い出して押さえ込もうとした。
しかし・・・。馬鹿で屁たれな私は、行き先を決めねばという焦りから、彼女の反応を窺うように軽い口調で言った。
「ホテルでも・・・・いく?。」
「・・・・。」
一瞬の彼女の沈黙が、数十秒の沈黙に感じられた。やはり私は馬鹿だと思った。さらに馬鹿なことに、自分を取り繕うとし、その発言を撤回しようとした、その時だった。
「・・・・う~ん、いいですよ?どこに行きますか?」
もう・・・撤回できなかった。思いもよらぬ反応に一瞬たじろいだが、結局二人の意見がそんな形で一致した。
私は嘗て通りかかったことのあるホテルを思い出し、そこへ向けて車を発進させた。
なんと都合のよい男なのか。その頃には昼食時まであった得体の知れぬ不安はすでに欲望により完全に押さえ込まれていた。彼女の一瞬の沈黙の意味など、考えようともせず。
得体の知れぬ不安・・・。結局それは、欲望が果てた後、思わぬ形で判明することになる。大きな大きな、二人の関係の転機だった。