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 六本木ヒルズをくまなく散策するにはあまりにも無理があった。彼女の希望をききながら、何を買うでもなく、地元ではあまり目にすることのない商品を手に取ったり見たりしてぶらぶら歩いた。彼女の興味を示すものは私には目新しいものばかりで、世代の違いを感じた。いや、それは違うのではないか・・・私は地味な自分の妻を女性の基準として考えているからではないか・・・そんなつまらないことをボーっと考える瞬間が何度かあった。それを見て彼女は時々「どうしたですか??疲れたですか??」と聞いてくる場面もあった。この際、妻のことは忘れよう・・・今は彼女と一緒にいるのだ。彼女を楽しませるのだ。自分にそう言い聞かせて頭の中に浮かんでくる妻の姿を振り消した。
 途中、我々は遅い昼食をとることにして、ヒルズ地下にあるラーメン屋に立ち寄った。もっとお洒落なところがいいかなとも思ったが、あまりにも店が多すぎて決めかねていたために、最終的に一般的な食べ物にすることに落ち着いた。そこでも私はなかなか腹に入らなかった。いつもはペロリとたいらげてしまうようなものでも、そのときは困難だった。まだまだ彼女と一緒にいることのどきどきが治まっていなかったからだ。お腹いっぱい状態ならぬ胸いっぱい状態である。彼女はもともと食が細いため、半分くらい食べたところで箸が動かなくなっていた。それを気遣って、無理に全部食べないでいいよと声をかける。
 次は、お待ちかねの珍スイーツ。ヒルズ近くの豆腐アイスが食べられる店に入る。彼女はもともと珍しいもの好きで、たこやきにグミやオレオを入れて食べるなど、日夜新しい味を追求しているという。私はそういうことに若干恐れをなしていたので、私はミックスジュースを注文する。彼女はパフェを注文。
「おいしいので食べてみてください!!」
「え!!??」
渋る私に痺れを切らせたのか、彼女は自分のスプーンを私の口の前に持ってくる。一瞬戸惑ったが私はそれを口に入れた。おいしいではないか・・・。いや、ただ味がおいしいのではない。その彼女の行為が私にとってはとてもおいしかった。一瞬の出来事ではあるが、それだけで私のどきどきは再び増してしまっていた。

 
 
 この時から、私は彼女の気持ちが気になり始めていた。時々言ってくれる「好きです!」の意味を。社交辞令的なものなのか、又は本気のものなのか・・・。本気だったらどうだというのだ?どうするんだ・・・?そして自分はどうなんだ・・・?彼女をどう思ってるんだ・・・?俺には妻子がいる。彼女には彼がいる。じゃあ、今の二人の状態は何だというんだ・・・?この胸のどきどきは普通のものじゃない・・・。


 雨足の強くなってきた東京の空を見上げながら、時々私は考え込む瞬間が多くなっていた。相合傘の中で、私は気付けば彼女の肩を抱きたいと考えるようになっていた。もう、まわりの目など、見えなくなっていた。どうしよう、どうしよう・・・傘を持っていない片方の手が、勝手に彼女の肩へ動こうとしていた。私は必死でそれを制止する。


 やばい、やばいよ・・・本気で惚れてしまってるよ・・・。

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 秋葉原駅を出ると、メイドの格好をしたお姉さんがビラ配りをしている。それにむらがる男達。彼女は大興奮の様子。しばらく歩くとすぐに「メイド喫茶案内所」なるものがあった。ここに行けば秋葉原近辺のメイド喫茶をタイプ別に案内してくれる。メイドの格好をしたお姉さんに説明してもらい、目的のメイド喫茶が決定する。ごくごく一般的な場所を案内してもらった。
 地図を頼りに二人は再び歩き出した。雨は相変わらず降っているのかやんでいるのか微妙な状態。歩道にも人がわんさかいるので、結局少々濡れても傘をたたむことにした。
 メイド喫茶到着。多少行列ができていたが、すぐに順番もきそうなので待つことにした。中から客が出てくるのを見たが、いかにもオタクっぽい男が数名出てくる。それを見ながら我々二人は声を潜めて笑い合ったりした。
 順番がまわってきて店内に入る。二人がけのテーブルに案内されて席に座った。「おに~ちゃん、おね~ちゃん、おかえりなさい!ご注文はどうなさいますか?」。我々は、ちょっと変化を求めて「ご主人様」ではなく「おに~ちゃん、おね~ちゃん」と呼んでくれる店を選んだのだ。取りあえずコーヒーを注文。数分後コーヒーが運ばれてくる。我々は兼ねてから、メイドさんがコーヒーにミルクと砂糖を入れて混ぜ混ぜしてくれるのを期待していたが、特にそんなサービスもなかった。再び二人は声を潜めて苦笑する。代わりに彼女が混ぜ混ぜしてくれた。
 店内ではメイドアイドルと思しき女の子が歌を歌っている。これは客のオプションで設定されているもので、誰かが注文したのだろう。いかにもオタクっぽい男が手拍子で声援していた。
 コーヒーを飲み終えるとそそくさと我々は店を出た。なんだか期待していたものとはだいぶかけ離れていたけれども、本場のメイド喫茶を味わっただけでも満足としておこう、と言いながら再び秋葉原駅方面を足を向けた。
 次に我々は駅前のゲーセンに入る。メイド喫茶に行く途中で、彼女がクレーンゲームに興味を示していたのだ。私はそこで必死になって商品獲得に奮闘する。マグカップやキーホルダーをゲットして彼女にプレゼント。彼女は大はしゃぎだった。多分、私もそうだっただろう・・・
 次に二人は地下鉄に乗る。目的地は噂の六本木ヒルズ。地下鉄の車内放送について、ここでも苦笑する。もう、目や耳に入るものはなんでも新鮮でなんでもおもしろかったのだ。
 

 
 六本木ヒルズはあまりにも範囲がひろい。どこから進入していいのか私はわからなかった。私が決めた進行方向ではなかなか目的地に辿りつけなかったので、結局彼女が決めた進路でようやく全貌が見える場所まで辿り着くことに成功した。やはり私方向音痴で、デートに向いていないようだ・・・彼女は落ち込む私を気遣って、「そういう不器用なところ、好きですよ?」と言ってくれる。嬉しいやら恥ずかしいやら。
 ビルの高さに感動していた二人は、携帯のカメラでそれを撮影することにした。
 撮影しながら、私はふと、彼女の携帯電話に目をやったとき、あるものが目についた。彼女の携帯の裏側に何かが貼ってあったのだ。私が見せてというと、彼女は恥ずかしそうにしてなかなか見せようとはしなかったが、粘り強くお願いして結局見せてもらうことに成功した。


 そこには、彼女と彼氏が仲睦まじく、接近して撮影したプリクラが貼ってあった。かなり前に撮ったものだと彼女は説明してくれたが、やはり二人はまだまだ仲が良く、交際中であることをまざまざと実感させられるものだった。わかっちゃいるけど、複雑な感じがした。再び軽い嫉妬を覚えたが、私とて妻と子を持つ身。改めて彼女との距離の遠さを思い知らされる瞬間だった。
 

 しかし、今は彼女は私と行動を共にしている。私は遠く離れた彼を想い、罪悪感を感じながらも、しばらく彼女をお借りしますよ、と心の中で頭を下げた。

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 待ち合わせ場所の秋葉原に到着した頃、東京上空は厚い雲に覆われていて、小粒の雨がアスファルトにゴマ粒のような絵を描き始めていた。
 予定より早い時間に到着した私は、しばしの間秋葉原散策。例によってヨドバシカメラのビルに立ち寄った。季節は梅雨時期とはいえ、出発当時は幾分肌寒かったため長袖の格好をしていたが、うろうろしていると汗ばむようになったため、結局トイレの中で新調していた半袖ポロシャツに着替えることにした。アキバといえばオタクの聖地。リュックを背負っているだけでオタクと見間違えられるのではないかと若干心配していたが、鏡で自分を改めて眺めてみて、この風貌ではそんな心配もないな、と一人で苦笑いを浮かべた。

 約束の時間が近くなって彼女からメールが届いた。
「今東京駅に着きました!!これから乗り換えですが右も左もわかりません!!」
すぐさま私は彼女に電話をかけた。
「お疲れ様!取りあえず新幹線の改札を出たら山手線の緑色のラインを蔦って歩いて、上野方面行きに乗ってみてくれる??そこから二駅で秋葉原だよ!」
「は~い!わかりました!」
実際に会えるまでは彼女自身相当不安であっただろうけど、なんとか乗り場までこぎつけたようだ。私自身、先日地元へ帰省した際に彼女にわかりやすいようにと、その辺の下調べもしっかりしておいたのだ。

 胸の高鳴りは徐々に増してくる。私は秋葉原駅西口の改札前で壁に寄りかかって、彼女の姿を見つけるために道行く女性の一人一人に目をこらしていた。実際、これまで彼女の姿など目を凝らして見たことがなく、地元から離れて2ヶ月近くも経過していたため、一瞬、彼女の顔を忘れてしまったのではないかと言う錯覚に陥った。

 しかし、その心配は無用だったようだ。

 
 改札の向こうに、旅行バックをカタカタを引きながら歩く小柄なかわいらしい女性を発見した。彼女だった。胸の鼓動が更に高鳴るのを感じた。
 久々に見た彼女の姿。地元を離れる間際に見た彼女とは、どこか違うように見えた。もともとお洒落な彼女だったが、職場では見ることのない可愛らしい格好をしていたからかもしれないが、メールや電話を交わすようになってから抱き始めた彼女のイメージが、当初のものとは変わってしまっていたからだろう。
 
 彼女も改札を通る直前に私に気付いたようだ。安心したのか、ふっと笑みがこぼれた。

「長旅お疲れ様。よく迷わず来れたね?」
「はい!お蔭様で!」
「さっそくだけど、これからどうする?時間も時間だし、お昼ご飯にする??」
「う~ん、今はあんまりお腹は空いてないですねえ。○○さん(私)は?」
「俺もまだお腹空いてない。じゃあ、早速メイド喫茶行ってみるか!」
胸のどきどきが鳴り止まないので、到底食欲などないのである。
「はい!デートなのでお任せします!」

 メールでも電話でもない、職場とは違う環境での目を合わせての会話。普通の会話であったけれども、どこかぎこちない、なんと表現していいのかわからない独特の男女の雰囲気がそこにはあるように感じられた。
 
 二人の大きな荷物は街を歩くには邪魔なので、取りあえずコインロッカーに荷物を放り込む。最低限必要な荷物だけを持って二人は歩き始めた。

 すれ違う人は、我々二人を見てどう思うだろう・・・まさか親子に見えるわけないよな・・・やっぱり、普通のカップルに見えるだろうな・・・いや、わざわざそんなに観察されることなどないか・・・どうせ自分だってあんまりすれ違う人を観察することなんてないじゃないか・・・などと、つまらないこと考えながらを歩を進めた。

 外は小雨がぱらついている。彼女も傘を持っていたが、
「これ一本でいいだろ。邪魔だからね。」
私は彼女をなるべく雨に濡らさないように彼女の頭の上で傘を広げた。
「はい!なんだかアイアイ傘みたいですね~!ありがとうございます。」

 私はそっと微笑んだ、彼女も微笑を返す。

 そう言う私は雨に濡れていた。傘の端っこで。まだ、この頃の二人はぎこちなく、一定の距離を保っていたから。