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eaglestarのブログ

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 晴天のヘキレキのような出来事が起こった翌日、私は通常通り出張先に出勤する。相変わらず朝目覚めた時も胃がきりきりと痛んでいたため、朝食もろくに喉を通らなかった。仕事中も先日のことで頭がいっぱいで、やるべきこともなかなか進まなかった。考えることも相変わらず到底答えの出ない悩み。堂々巡りを頭の中で繰り返していた。
 彼女は、というと、朝のメール報告によると通常通り出勤したようだ。いつもと変わらず、元気なメールだった。
 ただ、昼になって、
「風邪をひいたみたいです。喉が痛くて熱もあるみたいです。」
といった内容のメールが入った。
 その原因・・・。雨の振る中歩き回らせてしまったこと、そして一晩中、裸同然の姿でベッドに寝かせてしまっていたこと・・・。全て私のせいだと思った。せめてはやく服を着させていればそういうことにもならなかったはずだった。自分の気配りの無さに改めて呆れ返ってしまった。
「ごめんね?俺のせいだ・・・。とにかく無理せずに早退してゆっくり休んでね」
と返信しておいた。
「いつもあなたが風邪をひいて私が心配するのに、今回は私が心配されましたね。なんだか悔しいです(笑)」
そんな答えが返ってきた。

 彼女は・・・職場に行ってどんな心境になったのだろうか・・・。彼女が東京に来る前に見ていた主人のいない私のデスク。今日、そのぽっかり空いた私のデスクは、どんな見方に変わっただろうか・・・。いつも私のことを「かわいい」と言ってくれていたが、それがどういうものに変わっているのだろうか・・・。
 彼女のそんな心境の変化についても、気になってしょうがなかった。

 そうやって、一日中考えにふけっているうちに、一つの考えが私を支配するようになった。

 彼女を好きでどうしよもない状態。それはあくまでも私本人の想い。彼女が今何を考えているのかなど、考えても聞いてみないとわからないことじゃないか。そんなに彼女が好きなら、彼女にとって今何が大切か、どうすれば彼女が幸せになるのかを考えることが一番じゃないのか・・・。離婚する気もないオヤジと一緒に居て、彼女の何の役に立つというのだ・・・。彼女の将来を阻害するだけじゃないか・・・。彼女にとって一番良い方法、それは、私が彼女の前から消えること、じゃないだろうか・・・。
 
そう思った。
 私は仕事を終えた夕方、宿泊所の自分の部屋に戻って真っ先に携帯をとった。彼女にメールをするためだ。電話をかけてもいいが、彼女の声をききながらでは思ったことが言えそうになかったのでメールを選んだのだ。そして、昨日私が帰ってから妻と話をして罪悪感を感じていること、そして苦しんでいることを伝えることからやりとりがスタートした。

「私も同じように彼に対して罪悪感を感じました。苦しいです。」

彼女もやはり苦しかったのだ。
私は今後のことも含めて、今の自分の心境を伝えた。

「一昨日のことは、自分自身で引き起こした事態ではあるけども、やっぱり君を傷つけたと思う。俺は今後も妻と離婚する気もないし、君にも彼と別れて欲しくない。君には未来がある。これから普通に結婚して、子どもを生んで、育てるという未来がある。俺が君の側に居ると、それを阻害してしまうのではないだろうか?君の将来を邪魔してしまうことになるんじゃないか?それなら俺は、君の前から消えることが、君にとって一番幸せなんじゃないだろうか。」

これを伝えることで彼女が我に返って「はい、そうですね」と言われてしまうことが実際のところ恐ろしかったが、勇気を振り絞って伝えた。すると、こんな返事が返ってきた。

「何を言ってるんですか!私のせいであなたを悩ませてますか?私はあなたに奥さんと別れて欲しいとは全く思ってません!彼とも別れるつもりもありません!私は前から言ってるじゃないですか!後悔してませんって!あの夜も私はただ、あなたと一緒に居たかっただけなんです!私はあなたがそうやって消えてしまうことが一番辛いんです!私はただ、あなたの側にいたいんです!必要なんです!だから、だから、そんなこと言わないでください!私にとって、あなたがそうやって苦しんでることが一番辛いんです!」

 彼女のその言葉は、私の心に鋭く、深く突き刺さった。必要とされている・・・。こんなクソオヤジを、大切だと思ってくれる女性がいる・・・。私は目の前が真っ暗になった。何も見えなくなった。見えなくなったのは、涙が出ていたから・・・。私は彼女の言葉で、心の中のつぼみが花開く感じがした。それまで思っていた身を引こうとする考えは、私の心から一瞬にして消え去っていた。大切にしよう、この人を。大切にしよう、彼女の気持ちを。大切にしよう、自分の気持ちを。自分の気持ちに正直になろう、そう思った。

 私はメールをやめて彼女に電話することにした。無償に声が聞きたくなった。彼女も声が聞きたかったと言う。そして、口癖のように言っていたあの言葉を、彼女に伝えた。

「やばいよ。やべぇっすよ!もうどうしようもなく、やばいよ・・・。」
「いったい何がやばいんですか(笑)?はっきり言ってみてください。よくわからないですよ。」
「もう、やばい、やばいんだって・・・」
「だからはっきり言ってください!」
「やばいくらい・・・好きだよ・・・。」
「はい!よく言えました!私も、私も、やばいくらい・・・好きです!よ?」

「恋」のつぼみは完全に花開いた。三十路を超えて、結婚して、それから迎えたこの遅かりし恋は、完全にこの瞬間から始まったような気がした。

 これは「不倫」なんかじゃない・・・「恋愛」なんだ。やっとの想いで咲いたこの遅かりし恋と云う名の花を、いつまで咲き続けるのかわからないこの花を、正直に、そして大事にしていこう。この日からそう思うようになった。

 気がつくと、知らず知らずのうちに、ずっと続いていたあの忌々しい胃の痛みは消えていた。そう思うとお腹が空いた。冷蔵庫の中に入れておいた彼女の手作りシフォンケーキの残りを、またしても彼女を感じながら味わった。また、あまい、あま~い味がした。



 私は出張先に戻るために帰路に就いていた。ついさっきまで手を握って一緒に歩いていた彼女が隣りにいないのが嘘のようだった。実に寂しく思えた。まだ、私の手には彼女の暖かい、優しい手の感触が残っているようにも感じた。
 ただ、時間が経つにつれて気持ち的な落ち着きは幾分戻ってきていたために、物事を冷静に考えることができるようになっていた。帰りの電車の中でしばらく居眠りをした後、いろいろ想いにふけってみた。

 不倫の世界に足を踏み入れた、とはいえ、彼女との関係はまだ一度切りのもの。今後同じようなことがあるとも言い切れないし、ないとも言い切れない。「不倫」という言葉の意味を深く考えたことがなかったために、まだ実際のところどういうところが世間でいう不倫なのか、私にはわからなかった。ましてや彼女が今後どうしたいのかもわからないのだ。今後も彼女との連絡は引き続き行っていくので、気持ちがお互い落ち着いたところで話せば何かが見えてくるだろう。
 
 そして世間で言う「浮気」をした事実。妻以外のものと関係を持ってしまった(未遂のような気もするが・・・)ことで、私は家族への罪悪感を感じていた。

 
 私と妻が付き合い始めたのは、私が二十歳の頃。当時妻は私の学生時代の後輩だった。年は一つ下。もう一緒になって10年以上になる。今の妻と付き合う前に、私は二人の女性とお付き合いの経験があった。しかし、深い仲になったのは妻が初めてだった。そろそろ結婚を意識し始めた頃、お互い何を思ったか、二人とも気になる人ができてしまい一度別れたことがある。それでもなんだかんだ言って再びよりが戻り、結婚して今に至っている。要するに腐れ縁のようなものだ。
 結婚生活はごくごく普通だった。喧嘩するときもあれば、仲がいい時もある。可愛い子どももできた。順風満帆の生活。しかしながら、あまりにも付き合いが長いせいか、今では妻を一人の女性として見ることができなくなっていた。妻も同じ思いであろう。ただの家族。お互い「大切な人」ではあるけれでも、何もどきどきすることもない。そう捉えるようになってしまうと、当然ながら妻との間には夜の営みさえなくなっていた。いわゆるレス夫婦だ。しかしながら私はまだ男を捨てていたわけではない。時に友人と風俗に行くこともある。ごく稀にだが。そうやって自分をコントロールすることもできていたわけだ。
 そんな時、私の前に彼女が現れた。こんなクソオヤジを「好きだ」と言ってくれた。私は彼女の魅力に日々惹かれていき、ついには体の関係に発展するまでに至った。いくらクソオヤジだとはいえ、まだ男を捨てたわけじゃない。こういうことになったのも、やはり心の奥底ではそういう出会いも望んでいたためだろう。

 しかし、だからと言ってその家庭を捨ててまで彼女と一緒になろうという考えは起きなかった。いや、正しく言うとそんな勇気がない、である。どうしても世間的に離婚というのは歓迎されるものではない。自分にそういう汚点のようなものが着く事が怖いのだ。

 彼女への想いはますます大きくなっている。彼女の真意を確かめてみないとわからないことだが、どんな関係であろうとも、今後も彼女と一緒に居たいとも思っている。その一方で、私は離婚する気もないし、家族にも申し訳ないという感情もある。そして、彼女にも彼氏がいる。だからこそ、私は今胸を痛めているのだ・・・。いくら自分が引き起こしたこととはいえ、だ。

 
 家族も大切、彼女も大切・・・。そんな矛盾した気持ちをどう両立させられるというんだ・・・。

 
 そんな風に、私は到底解決できそうもない問題をずっと考えながら、いつの間にか出張先の宿泊所に帰宅していた。
 
 私は部屋に入るとすぐに妻の携帯に電話をかけた。一昨日、彼女と新宿の居酒屋で食事をしていた時に電話がかかってきていて、そのまま放っていたからだ。当然のことながら、妻はこの二日間の出来事など知る余地もない。そのいつもと変わらない妻の声を聞いて、また胃がチクチクと痛んだ。そして心の中で、ごめんよ、と何度も謝った。
 電話が終わってからも、私は尚も重い心境でいた。はずしていた指輪もはめる気もしなかったし、伏せていた子どもの写真も元に戻せなかった。部屋を真っ暗にして、しばらく呆然とするだけだった。そういった複雑な想いの中でも、彼女のことが頭から離れなかった。無事に帰っただろうか・・・と。

 彼女から帰宅を知らせるメールが入ったのは、夜9時をまわってからだった。

「やっと帰宅しました!新幹線の中では爆睡してました!この二日間、ほんとにいろいろありがとうございました!」

との内容だった。彼女も私と同じように悩んでいるのだろうか、真意を聞きたい、そう思って電話をかけようと一瞬考えたが留まった。やっぱり今日はお互いゆっくり休んだほうがいいと思ったから。

「ホントにお疲れ様!ゆっくり休んでな!」
とメールを返信しておいた。また明日になったらゆっくり話ができるさ・・・そう思いながら。

 よくよく考えると、私は朝、ドトールで朝食をとってから今までにほとんど何も口にしていなかったのを思い出した。胃が相変わらず痛むので何も食べる気は起こらなかった。
 ただ、彼女からもらったマフィンケーキのことを思い出した。私はリュックからそれを取り出し、ゆっくり味わいながら、彼女を感じながら、それを頬張った。それは、あまい、あま~い、彼女の味がした。まるで彼女が私の体の中に入っていくようにも感じた。

 もう、彼女が好きでたまらなくなっていた。だからこそ、苦しかったのだ。
 目的地のお台場に行くために、例によって秋葉原駅に向かう。さすが日曜日の昼の東京、たくさんの人が繰り出していた。昨日と同じように、駅前には数名のメイド姿の女の子がビラ配りをしていた。光景は昨日とさほど変わらないものの、私にはその普通の、見るもの全ての光景が全く別のものに見えていた。妙な気分だ。
 二人は山手線で新橋駅に向かった。私は以前にもお台場に行った経験があった。記憶を頼りにゆりかもめの駅を探す。六本木や新宿と違って多少土地感もあるので、いくら私が方向音痴とはいえ、昨日のように道を間違えることもなく、ストレートに目的地へ辿り着くことができた。

「今度は自信を持ってエスコートできたよな??」
「あはは。そうですね。今日こそはお願いしますね?」

昨日からかっこ悪い続きだったため、今日こそは完璧なデートにしたい、そう思っていた。

 ただ、私の心の中は未だにゴチャゴチャだった。昨夜の出来事が頭から離れなかったのだ。彼女の様子は見た目にも昨日とはほとんど変わっていない。私のしたことを咎めるでもなく、逆に受け入れてくれた・・・。そして今日はしっかり手を繋いで私と密着状態で街を歩いている。私は昨日のことを後悔していると彼女に話したが、彼女は後悔していないと言った。もうこれ以上私は彼女に後悔していると言えなくなっていた。それでもまだ後悔していると言えば、受け入れてくれた彼女の立場を悪くしてしまうからだ。しかしながら私はまだ、自分自身が引き起こしてしまったことであるのにも関わらず、心の中の整理が全くできていないのだ。今の私たちの関係って、いったい何だと表現できるんだろう・・・。特にお互いに「付き合いましょう」だとか「不倫しましょう」とか、そんな話し合いまでは交わされていない。朝の話合いだけでは彼女の真意がよくわからなかった。ただ、わかっているのは、昨夜の出来事と、それを彼女が受け入れてくれたこと。そして私が今までの生涯で感じた事のないような一人の女性に対する感情が発生してしまっていること。しかもそれは今日ここに辿り着くまでにもどんどん更に大きくなっていることだ。

 そのため私の胃は完全に収縮してしまって、時にきりきり痛むのだった。

(やばい、やばいよ・・・。どんどん好きになっていくよ・・・。いったいこの先どうすればいいんだ・・・)

そう心の中で思うと、顔を引きつらせ、腹を押さえてついつい足を止めてしまっていた。

「どうしたんですか??大丈夫ですか??」

そのたびに彼女は私を心配してくれた。しかし、これから先の話をするのが私は怖かった。ただ、大丈夫、とだけ返していた。



 お台場を散策していると、あっという間に時が過ぎた。彼女の帰りの列車の時刻は午後5時前後。彼女の帰りの時間がどんどん迫ってきていた。遅れるとまずいので、早めにお台場を後にすることにして再びゆりかもめに乗るために駅へ向かった。
 
 その最中でも、案の定私は時々足が止まっていた。例によって彼女が心配してくれる。私は自分の思いを、うまく表現できないまま、彼女に伝えた。

「やばいよ・・・」
「何がそんなにやばいんですか??」
「もう、やばいくらい・・・その・・・好きになってしまってる・・・。」
「そうなんですか??苦しい、ですか?」
「うん。苦しいくらい。」

彼女はにっこり、やさしく微笑んで、ただ、私の腕を更に強く組み直した。

 我々は新橋駅に着くと、彼女の帰りの切符を買って再びスタート地点の秋葉原へ戻ることにした。そして時間まで、朝と同じようにドトールで時間を潰すことにした。そこではこれまた朝と同じように、昨夜の話題に終始した。いくら話しても、顔を赤らめることだけだった。そして、未だに今後のことについてもお互い避けていたのか、話し合うことはなかった。彼女もやはり、私と同じ想いを抱いているのでは・・・そう思った。

 予定の時間が近づいたので、我々は店を後にして秋葉原駅に向かう。
 刻々と時間が近づくにつれ、私たちは口数が少なくなり始めていた。もうこの頃の私の口からは、ただ、「やばい」ということしか出てこなくなっていた。別れが惜しくてしょうがない。そのたびに彼女の顔も寂しそうな顔になっていた。私の腕を組む彼女の手は、より一層、もう離したくないかのようにきつく力が入るようになっていた。そして、東京駅までの電車内では、二人は手や腕を繋ぐのではなく、硬く抱きしめ合っていた。もう、話すだけでも寂しいと思えた。

 私は最後まで彼女を見送るつもりでいたために、東京駅の新幹線ホームまで彼女をエスコートした。列車がホームに入ると、取り敢えず荷物だけ彼女の座席に置かせて、我々は乗降口とホームで向かい合った。もう、寂しさのあまり、お互い言葉が出てこない。まだまだ話したいことはたくさんあるのに。

「ほんとに、ほんとにいろいろありがとうございました。」
「こちらこそ。ありがとう。」
「また、メールしますね?」
「うん。俺もするよ。気をつけてな。」

乗降口でそういったやりとりをしていたら、駅員に白線まで下がるよう注意された。すると彼女は、すっとホームに降りて、私の額にやさしくキスをした。そして再び列車に戻った。すぐに列車の戸が閉まった。

 私は列車が見えなくなるまで彼女を見送った。私は目にかすかに涙を浮かべながら、ホームを去った。


 結局私は自分の思いを彼女に伝えたものの、これから先の話をすることはなかった。あれだけ重大なことを引き起こした責任があるというのに。自分でその世界へ足を踏み入れたというのに。その時はそれが、何か恐ろしいものに感じたから。

 

 そんな私の無責任な、優柔不断な態度が、後々自らを今までに経験したことのないような苦しみを味わう原因になるなど、この時には想像もできなかった。そんな経験をするのは、これよりも5ヶ月も後のことである。

 ただ、この日より、彼女との深い関係がスタートしたのは確かなことである。