私は現在のところ、昭和と平成を半分ずつほど生きている計算になる。
私のひと回り程上のクマのプ~オジサンなどは、まだ昭和の方が計算しやすいのだろうか。
今年は昭和で言うと89年になるから、あの人は何歳だと言う。
なるほど、年齢計算は昭和換算の方が楽である。
昨日は実家の母の認知症ぐあいを調べるために、朝早くから京都まで車を飛ばした。
新名神ができて、この地から京都までの距離がうんと縮まったようである。
実に早い。
我が家から2時間で府庁前にある第二日赤病院までつく。
新幹線を利用するよりも早いのでちょっとオドロキだ。
近鉄特急を利用するともっとかかるだろう。
本人は否定するが、認知症の検査に行ってきた。
本人だけではダメらしく、付き添いである。
本人には
「歳を取ると、どうしてもボケてくるから、
その進行を少しでも遅らせるための薬を処方してもらおうね」
ということで連れて行った。
行政書士として、30時間の成年後見研修を終えたばかりの私に母はいい材料となった。
いやいや、かなり認知症は進行しているようだ。
あれだけ気丈だった母の認知症テストはなかなかショックであった。
以下、脳神経内科の医師と母の会話である。
「まず、お名前を教えてください」
「OOOOです」
「何歳ですか?」
「78歳です」
「では、今日は何年の何月何日ですか?
元号でも西暦でもいいので答えてください」
しばらく考えた後、母は言った。
「昭和でもいいですか?」
「はい、どうぞ!」
ははぁ~、母も昭和換算しているのか・・・
ちゃんと89年って言ってくれるだろうか・・・
「昭和26年、6月19日です!
西暦で言うと、2と1と4だから、214年かしら・・・
それとも2と0と4の204年だったかしら・・・」
いきなりこういう答えだったので、私のショックは隠せなかった。
「桜、猫、電車の3つを覚えてください」
「桜、猫、電車ですね」
そう言った後、計算問題を出した。
「100引く7はいくつですか?」
「93です」
「それからまた7を引くと?」
母はゴチャゴチャ母なりに計算したようだけれど答えられなかった。
ありえない・・・
そこで、また医師は言った。
「先程の3つの名前を思い出して言ってください」
「桜と猫と・・・もうひとつは思い出せません・・・」
その後もいくつかのテストをしたのち、医師は言った。
「30点満点中23点でした」
「これって、認知症ですか?」
「まぁ、歳相応ということですね」
ん~?
そんなわけはない。
しかし、母は『医師に歳相応と言われたこと=認知症ではない』と思い込んだようである。
「面と向かって、アンタは認知症ですとお医者さんが言うワケないやろ!」
と母には言うのだけれど、母は私の言うことよりも医師の言った『歳相応』を信じて疑わない。
頭部のCTを撮ったけれど、それには異常がなかった。
来月はまたMRIと脳の血流を測定するという検査に行く。
ひと月でまた認知症も進むかもしれない。
なんかなぁ・・・
家に帰って、ドッと疲れが出た。
京都のひとり暮らしの自宅で最後まで生活したいと言い張る。
その意志は固い。
週2~3回の割合でヘルパーさんに来てもらっている。
私はケアマネさんとの電話連絡を欠かさない。
この状態がどれだけ続くのかわからないけれど、母の気の強さは以前にも増し、被害妄想もかなりヒドイ。
これからのことを考えるとますます頭が痛くなってきた。
私は20年自宅で塾講師をやってきた。
自分の子どもを教えるのは難しいとは常に思ってきたことだけれど、母のこれからのことを考えると、母と娘というのも同様に難しいなぁと再確認した次第である。