人は何故働くのか?それを考える前に、人は何故生まれ、生きるのかということを明確にしておく必要があると考えます。人は何故生まれるのか?それは各個人個人によって存在意義は異なると思います。しかし、全ての人は理由があって生まれてきて、それは社会に対する意味を持ち、独自の能力を持っているはずです。例えば、完全なる悪人がいたとします。大量の殺戮を繰り返す連続殺人鬼であったとしてもその存在があることで、同じことを繰り返さない様に人は学ぶことができます。もし、その悪人が存在しなければ、もっと酷い悪人が生まれてきて、何の対策もしていないことより、さらに酷いことが起きる可能性があるのです。
人は自分で死を選ぶことも可能です。従い、今生きている人の全ては生きることを選んだ人と言うことになります。では、人は何を目的にして生きるのか?生き続けるのか?それは“幸せになるため“のはずです。幸せの形はそれぞれ異なります。裕福にあり、物質的な欲を満たすことに幸せを感じる人もいることでしょう。ささやかだが、愛する人との時を幸せと感じる人もいることでしょう。
少し脱線しますが、私はよく人のことを頭が良い、言葉は悪いですが、馬鹿な人などと判断することがあります。私が言う頭が良い、馬鹿と言う判断基準は決して勉強ができるということではありません。自分の能力をどれだけ理解しているかということが一番重要だと考えるのです。計算が得意でない人は、得意な人に頼めば良いのです。自分がどこまでできるかを理解していることが生きていくことで重要なのです。
人生とは、自分探しの旅だと思います。生まれてから死を迎えるまで、少しでも自分を理解しようと行き続けるのです。