「死」からの再生志賀直哉が、近場の湯治場ではなく、わざわざ東京から離れた温泉に来たのは、その温泉が療養によいというだけではなく.そこへ行くために"動き回る"必要があり、〝動く"乗り物に乗って、はるばると移動する必要があったからではないか。また、"城の崎"という地名は、無理にこじつけるようだが、"生(いきる)の先"と読めないこともない。「生の突端」のような場所(そこは、「死の淵」といってもよい)にいて、彼は「死」からの再生を図ったということが可能なのである。