志賀直哉の小説を検証してみる。
あるシーンの記述で、
「蝶蝋は力なく前へのめって了った。尾は全く石についた。もう動かない。
蝶蝋は死んで了った」というのが、イモリの「死」の描写である。
木の葉が風に動いたり、動かなくなることを観察するのも、
こうした"動く"ことへの志賀直哉の関心が、研ぎすまされてあるからだ。
死んでしまった動物が.動かない"のは当然なのだが、
わざわざ「(蜂は)全く動かずに」とか「(イモリは)もう動かない」と書く。
逆に、鼠のように生きている間は、いかに死が迫っていようが、無我夢中で、
必死で"動き回る"のである。