日本手話とろう文化という本があります。
木村晴美さん著です。
この中に、最後の章に、ろうの子どもたちと日本手話という章があります。
それを読んでて、ピンと来ました。
今まで、ろう学校で聴の先生が手話使ってたけど、娘は理解できませんでした。
日本手話の環境さえあればと思い、転校したけど、そのままいてもなんとかなったのかな?とか手話を日本手話と対応手話と分断する考え方ってよくないのかな?とかの思いもありました。
ネットを見ても、人工内耳をして補聴器をして80%聞こえるようになっても、20%の情報は無いまま。
それを補うために手話が必要と書いてあるのを読んで、みんなのための手話なんだよね!と思うようになっていたけど、モヤモヤしていました。
でもでも、この本を読んで、やっぱり別の言語であると強く思えました。
聴覚口話法に手話をつけるのではなく、第一言語としての手話を保障することが大事とか、
日本語対応手話による教育を望む親(と子ども)には十分にその道が開けているが、それと同じように手話を母語とし、書き言葉としての日本語を習得させたいと願っている親とその子どもにもその道が用意されるべきと書いてあったからです。
やっぱり別のもので、日本語を耳から獲得出来なかった娘にとって、手話をつけただけの日本語対応手話は全く理解できなかった。
その様子を見ても、前通っていたろう学校は、先生みんなが、
〇〇ちゃんはちゃんと成長しているから安心して。
他の子と比べたらいけないよ。
と私に言い聞かせていました。
私はそう言うふうに比べているのではなく、木村晴美さんが言うように、
難聴でも耳から日本語を獲得できる子は、日本語対応手話を使うと、漏れている情報をほぼ全て理解できる。娘にも同じくらいの情報を保障してくれたら全てがわかるのに…
と比べていたんです。
この思いを木村晴美さんがズバッと本で伝えてくれて、本当にその通りだとスッキリしました。
転校後の今のろう学校での成長は、本当にすごくて、精神面でもかなり成長したと思います。
娘は4歳にしてやっと言語に触れられたんです。
担任の先生と同級生が日本手話を言語にするろう者という環境において初めて言語に触れられた。
まだまだ通常の4歳児に比べると幼稚ですが、これから追いついてくると思います。
昔は手話を使うと日本語獲得の邪魔になると言われて手話を禁止されていました。
しかし、今は日本手話を使うと日本語獲得の邪魔になる、日本語対応手話で話せるようになるべきと言う考え方に移行し、一見手話を使って見える複雑な状況になっています。
いつの日か、全てのろう学校で日本手話が保障されている環境になってほしいと願うばかりです。