唱題
題目(だいもく)とは・・日蓮系・法華経系の宗教団体などにおいて勤行の際に用いられる南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)の文句のことである。
連続して「南無妙法蓮華経」と繰り返し唱える修行を「唱題(しょうだい)」という。
学会の勤行とは・・『法華経』のうち、方便品の冒頭から十如是までと、如来寿量品の自我偈を読誦ののち、「南無妙法蓮華経」と題目を唱える。
《ウィキペディアより》
何年も前、主人が就職試験を受けることがありました。そして、
「就職試験までの1ヶ月間、合格を目指して毎日1時間唱題する」
と宣言したのです。
主人はキッチンタイマーを1時間にセットし、唱題をはじめました。
最初の2、3日は毎日1時間していました。
そのうち、なかなか唱題を1時間こなすのが大変になり、出来ない日もあったりして、キッチンタイマーの数字が積もっていき(出来なかった分は翌日に繰り越してた)最後は15時間ぐらいに膨れ上がっていました。
それでも、1ヶ月間でトータル30-15=15時間ぐらい唱題してました。
結果は・・・
落ちました。
試験勉強はほとんどしていなかったと思いますので、落ちて当然だとおもいます。
だいぶ前の大白にも、祈るだけではだめだ!行動と祈りの両方が必要だ!って書いてあったのを読んだ記憶があります。
でも、学会員さんは祈りに比重を置きすぎでは?
会合で、1年間で題目を150万遍あげたとか、この一週間毎日5時間唱題に挑戦してるだとか20年間かかさず毎日1時間お題目あげてるだとかって話をよく耳にします。
主人が言うには、
車に例えると題目はエンジンなのだそうです。
エンジン(=題目)があってはじめて車は走れる(=行動)・・と。
(それが分かってるなら就職試験の時の唱題はなに!?って感じですが)
なるほど・・とは思いますが、誰もが題目がエンジンになるわけではありません。
祈りの効用については否定しません。
祈りの効果は多少なりともあると思います。
ただ祈りってあくまで行動の補助として使うものじゃあないでしょうか?
私は、5時間唱題する暇があったら、4時間50分行動して10分祈りでいいと思います。
勤行
えーと、私は別に信仰は否定しませんが、私自身は信仰もしていません。
ご本尊もただの紙切れと思っています。だからって別に粗雑に扱ったりはしていませんが。
私でも入会したての頃は、とりあえず、信じてやってみようってことで、半年間ぐらい勤行してました。
勤行の最後に御祈念ってあるんですが、自分の叶えたい願いなんかを祈ります。
その時なにを祈ったかというと、当時実家の犬が体調を崩していたので、長生きしますようにって祈ってました(今思えばバカですが。)
結果、実家の犬は勤行はじめて5か月目ぐらいで死にました。
嘘つき!
願いなんか叶わない・・。
学会はどんな願いでも題目あげれば叶うと言います。
題目あげて癌がきれいさっぱりなくなった、とかいうような体験談もよく大白なんかに載っています。
願いが叶わなかったときの学会の言い分はこうです。
信心が足りない、題目が足らない、過去の宿業だ
正直、題目なんかあげてる時間があったら叶えたい願いのために何か行動したほうが、よっぽど願いは叶うと思います。
とにかく、それ以来勤行していませんでしたが、何年後かにまた半年間ぐらい勤行しました。
というか、主人にやらされました。妊娠してたときです。
主人は子供が無事に生まれたのは、ご本尊のおかげと思っているようです。
その年の財務は奮発してましたね。
私が勤行やめたのは、願いが叶わなかったというのもありますが、主人や学会が言ってた
題目あげると体がポカポカする(←これは主人が言ってた)
宇宙のリズム、生命の法則(外部の人にはなんのこっちゃ??と思われるでしょうが、学会の中では、南無妙法蓮華経は宇宙のリズムであり生命の法則ということになっています)
エネルギーが湧く、心が落ち着く、罪が軽くなる、など
このどれも感じることが出来なかったからです。
あとは、仏界の湧現というのもありますが、確かに学会員さんの中には
お~仏界だ~って思うぐらい福福とした方もおられますし、人が信仰するのを否定はしませんが、私自身は題目あげても何も感じるものもなかったし、心に触れるものもありませんでした。
あと、学会員さんの中には何が書いてあるか意味がわからないまま、題目をあげてる方が結構いらっしゃいます。
主人もそうです。
勤行の文の意味をきいても、わからない と言われました。
「意味がわからなくてもいいんだ。題目あげるだけで効果がある」
だそうです。私は正直(?_?)です。
意味がわかっててその言葉を唱えないと、言葉はただの形だけになるんじゃないの?
中身のない“ただの形”になんの意味があるの!?
とにかく、意味なんてわからなくていい、ただ題目あげればいい、題目あげれば素晴らしさがわかるんだ、と言われあげてみましたけど、全く何もわからず、時間のムダ&足が痛いだけでした。
今は唱題会に参加したときのみ唱題してますが、正座により足がしびれるだけです。
早く終わってくれ~って感じでとても長いです。30分間ずーっと正座&永遠に南無妙法蓮華経~です。
もちろん願いが叶わないことも知っているので、御祈念したりしません。
(補足しますと、だいぶ前の大白にも、祈るだけではだめだ!行動と祈りの両方が必要だ!って書いてありました。その辺のことについては、次回書きたいと思います。)
疑問2
「知らん!」「オレに聞くな!」「地区の人にきけ!」
って怒られます。
私は地区の人に疑問をぶつけたことはありません。
だいたいどうなるか、想像がつくからです。
マインドコントロールされてる人に何言ってもムダですし、メンドウな事態になるのも御免です。
「魔が入った」「幹部指導」「題目あげれば全て解決」
って感じで、疑問に対する納得いく答えは得られないでしょう。
幹部指導を受けたことはありませんが、長々と話しても結局最後は
「信心が足りない」「題目あげれば全て解決」
ってなるんでしょうね。