疑問
学会について批判すると、必ず「うちの地区は違う」って言う人がいます。
そうでしょうか?
ではなぜ、私と同じような目にあった人が、ネットみるとこんなにいるのでしょう?
学会について批判する人全員が、私の地区に住んでるんでしょうか?(ありえません)
多少の地域性はあったとしても、そんな大きな違いはないとおもいます。
あるとすれば個々の受け止め方の違い、じゃないですか?
例えば、私が幹部の人に“怒られた”って思うようなことでも、バリ活の人にとっては、
幹部に“激励された”っておもうでしょうし、数字についても私にとっては“ノルマ”ですが、バリ活の人にとってはあくまで“目標”です。
あと、学会員なのに学会員ではありませんと言って池田氏を賛美したり、学会を擁護する人が結構いますが、よほど、自分の信仰に自信がないのでしょうか?
正しいことしてるなら、自分は学会員だと正々堂々と言えばいいじゃないですか。
外部を装って学会を擁護するなんて、卑怯です。
人生の為の仏法
仏法の為に人生があるのではなく、人生の為に仏法があるのだ
って言葉があります。
これと同じような趣旨が、ちょっと前の大白にも載ってたとおもいますが、
バリ活の人をみてると、ほとんどが仏法の為の人生になってしまっています。
主人も「確かに宗教屋となってしまってる人がいる」って言ってました。
本来宗教は、人生を豊かにするためにあるべきとおもいますが、これでは本末転倒です。
バリ活の人は、‘宗教屋’となり、活動活動、先生先生、学会命で、時間、お金、友人など人生のすべてを学会に捧げていて、学会が人生のすべてになっている人が多すぎます。
あくまで自分の人生が優先ですよ!人生に生かすための仏法です。
ヤング・ミセスの日
4月11日はヤング・ミセスの日だそうです。
記念のパンフもらいました。池田氏からヤング・ミセスへのメッセージらしいです。
なんと尊き姿か!とか、勇気の光を灯すのだ!とか、若き公布の母たちよ!などなど
やたら“!”が多い、いつものノリです。
これだけ褒め称えられれば、ヤング・ミセスの方々はますますやる気になるんだろうな・・
民主主義の法則にのっとった社会にあって宗教弾圧とは何事か!
はい!?
人権の根幹は信教の自由である。
どっちが!?
信教の自由を認めないのはそっちでしょ!?
他の宗教を邪教とよぶわ、強引な折伏するわ・・
戦争なき人類の世界のために!
え~と・・イラク戦争を支持したのは、どこの政党でしたっけ?
言ってることと、やってることが違いますが・・