ちょっと補足。


前回書いたアナウンサーってのは、ニュースを読み上げることを本職とするべきアナウンサーさんのことであって、筑紫哲也さんや久米宏さんのような人たちのことを指してるわけではない。

いわゆるニュースキャスター(英語、特に米語ではanchor)は自分なりの見識をもってコメントすることが本分なわけだから、その発言内容には責任が生じこそすれ、別に「然るべき日本語」である義務はない。とはいえ、筑紫さんの日本語はそこいらの「アナウンサー」よりもよっぽど洗練されてた気がするなー。


まず自分の本分をわきまえた上で、更に付加価値を出せる人はスゴイって話。

閑話休題。


最近に始まったことじゃないかもしれないけど、アナウンサーの話す日本語がおかしいと思う。

それも、ニュース番組のアナウンサーの日本語ですら、だ。

この際だから、千歩譲って「汚名挽回」みたいなベタな間違いとか、「お伺いになられる」みたいにとっさの敬語がちぐはぐになったとかそういうものは除外しよう。


個人的に一番気になるのは「におってください」だ。

細かい状況は忘れたが、あるアナウンサーが食品の香料か何かのサンプルを前にして、隣の出演者に「ちょっとこれをにおってみてください」と言っていた。幼稚園児かと思った。

そのほかには、「○○総理的には・・・」「全然面白い」なんていうのも聞いたことがある。

語学のセンスがないにもほどがある。それ以前の問題かもしれない。


別に、万人が常に教科書どおりの日本語を使うべきとまでは思わないし、音便(遊んだ、蹴った、等)なんてのは人々の会話の中で音が変容して定着したものなわけで、それこそ言語の柔軟性をあらわすいい例だと思う。

ただし、それはあくまでその言語を使う人たちが総体として選択した変化であって、少数の×××もといスットコドッコイさま(最大限配慮した言葉)がプロ意識のかけらもなく垂れ流す言葉によってもたらされるべきではないと思う。

ひょっとしたら、馬鹿な王様の独善によって発生した方言なんてのも歴史的にはあるのかもしれないけど、個人的には、アナウンサーは王様じゃないと思うし。


あ、でも清廉潔白たるべき政治家に限って私利私欲の権化が少なからずいるってくらいだから、アナウンサーも然り、とも考えられる。

でもって、これが皮肉だと気づかないようなアナウンサーだから、識者気取りで政策批判ができたり、勝手に犯罪被害者の代弁を声高にできたりするわけだ。

なるほどね。

フルハウスと私。


私の英語力、特にリスニングの基礎はこの番組に培われたって言っても過言ではないくらいお世話になった。


NHK教育で放送していた当時(15年くらい前)、中学生だった私はこの番組をビデオにとっておいて、日本語音声と英語音声を繰り返し聞いては分からない単語を辞書で引いて、聞こえたセリフを後からリピートするって作業を延々繰り返してた。
このやり方のポイントは、日本語でストーリーを理解してから英語を聞くから、何を言ってるか分からない部分があってもパニックにならなくてすむことと、主人公が子供たちだから難しい表現が出てこないってことにある。
それっぽく今風に言えば「リスニングシャワー」と「シャドーイング」による「英語耳・英語脳」の訓練ってことになるんだろうけど、当時の私にとっては単に楽しかったんだよね。


でもって、これを現代版にするならDVDってコトになる。
これが革命的。なんせ字幕がでるんだから。
日/英の音声/字幕で4段階の学習ができる。更にプレーヤーによっては倍速再生機能まである。鼻血はおろか、耳血&目血が出ちゃうくらいヤバイ。
教材として「フレンズ」全巻買ったけど、安い買い物だったと思うなー。


やっぱりこういう小さな訓練をどれだけ苦にせず継続できるかにかかってるんじゃないかなと思う。自然な英語力って。


ちなみに、15年前、フルハウスが始まる前は「アルフ」っていう、猫が好物の宇宙生物のコメディーをやってたんだよね。
知ってる人いるかなー?