大恐慌は再来するか(3)/安達誠司(ドイツ証券シニアエコノミスト)
■ルーズベルト大統領の金融緩和
以上の点を踏まえ、今回のアメリカの金融危機の1930年代大恐慌との類似点、相違点を考えてみよう。「歴史は繰り返す」というが、まったくそのままのかたちで再現されることはない。大規模な金融機関の経営破綻という表面的な現象よりも、その基本的なメカニズムを慎重に考察する必要がある。
そこで、両者の類似点を指摘すると、それは、資産ブーム(株式、住宅)の崩壊による「デ・レバレッジ」という側面である。しかも、資産価格暴落による膨大なキャピタルロスは、金融機関だけではなく、家計にも及んでいる点は両者の共通項である。とくに、住宅価格は永遠に上昇しつづけるという一種の「土地神話」が崩壊した点は酷似している。
さらには、両者の共通項として興味深い点は、資産ブームの背景として企業(とくに大企業)の「金余り」が指摘される点である。1920年代の大企業は、積極的な設備投資よりも、M&A等による企業統合を活発に行ない、生産設備の効率化と企業利潤の内部留保を推進した。その結果、大企業を中心とした企業の金融機関に対する借り入れ需要は大きく減少した。
これは、今回も同様である。企業部門は、2000年のITブーム崩壊以降、積極的な設備投資を抑制しており、設備投資は減価償却の範囲内で行なうというスタンスをとっていた(このような企業の投資スタンスはデフレ下での日本で顕著にみられたが、ITバブル崩壊後のアメリカも例外ではなかった)。
これによって金融機関は運用難に直面し、より高い収益機会を求めて、不動産ローンや株式投資(ブローカーズローンへの融資)に傾斜していった。そして、これが住宅・株式ブームに拍車を掛けることとなった。
そして、ブーム崩壊のきっかけとなったのが、明らかに資産価格の下落を意図した金融引き締めであった点も共通項である。今回のケースでは、2003年8月以降、4年間でFRBは累積で4.25%(1%から5.25%へ)政策金利を引き上げている。ちなみに、今回も政策金利の引き上げの当初から住宅価格高騰が問題視されていた。
一方、1930年代大恐慌のケースでは、株価高騰が問題視され、最終的には金利引き上げだけではなく、ブローカーズローンの直接的な融資規制まで発動された。そして、これらの金融引き締めが資産価格暴落を招いた。そして、この資産価格暴落によって金融機関の自己資本が大きく毀損し、これによって経営危機が表面化、破綻金融機関が増加しつつある状況がいまのアメリカである。
一方、今後の動向を考えるうえで、重要な相違点も存在する。そして、それは結局、1930年代の大恐慌を止めた要因は何かという点につながる。
1930年代のアメリカ大恐慌の深化を最終的に止めたのは、ルーズベルト大統領による一連の経済政策の大転換である。もちろん、前述のRFCによる金融機関への資本注入も重要であるのは確かだが、大恐慌を止めた最大の要因は、当時のグローバルスタンダードであった「金本位制」を停止し、管理通貨制度を導入するという「経済体制そのものの大転換」(経済政策の「レジーム転換」)がルーズベルトによってなされたという点である。
1931年9月に第2次金融危機が起こった最大の理由は、FRBがデフレにもかかわらず、金利の引き上げを行なった点であった。しかし、これは当時の経済政策のスタンダードからいえば、けっして「狂気の沙汰」ではなかった。なぜならば、政策金利は、金本位制下で固定相場制を維持する水準に設定されるべきものであり、むしろ第1次金融危機での緊急利下げは、逆に、金本位制の存続を危うくさせる誤った政策であるとの認識が強かったからである。しかし、デフレ下での金利引き上げのマイナス効果は著しく、これによって金融機関の経営破綻数は急増した。
ルーズベルトは、第1次金融危機時での金利引き下げが株価に対してプラスの効果をもったことを記憶しており、プラグマティスト(現実主義者)として、アメリカ経済回復のためには大胆な金融緩和が必要であり、そのためには金本位制の停止が必要であることを理解していた。そして実際に金本位制を停止し、市場オペレーションの拡大(金融機関に対し、大量の資金供給を実施)によって株価は反転・上昇し、資産価格の累積的な下落によるキャピタルロスの拡大に歯止めをかけ、ついには金融危機を克服するに至ったのである。
ルーズベルト大統領といえば、テネシー川のダム建設に代表される「ニューディール政策」(ケインズ的な財政政策)が有名であるが、大恐慌の克服に関しては、金本位制停止による金融緩和実施の効果のほうが高いというのが定説となっている。
翻って、現在のアメリカの経済政策をみると、バーナンキ率いるFRBは昨年の8月からすでに政策金利を3.25%低下させている。また、為替レートも変動相場制下にあり、為替レート水準の維持が経済政策の最優先事項ではない。
さらにバーナンキは、2001年のITバブル崩壊後の景気後退局面で、「必要であれば、ゼロ金利・量的緩和を辞さない」との発言(さらには、国債の無制限買い切りオペによる大量の資金供給の可能性を示唆)をしており、アメリカ経済が危機的状況となれば、追加的な金融緩和を実施する余地を残していると考えられる。
財務省サイドでも、今回のRTC構想のように、金融危機回避のためのスキームを提示するスピードが格段に速い。これは、バーナンキ率いるFRBを含めアメリカの経済政策当局が、1930年代の大恐慌を含む過去の金融危機の教訓を詳細に分析し、危機深化に際しての「コンティンジェンシープラン」をすでに確立している可能性を示唆するものであると考える。
このように考えると、すでに経済政策による対応が確立していることが1930年代大恐慌との最大の相違点であり、これは、国内要因からアメリカが1930年代の過ちを犯す可能性がきわめて低いことを意味している。
■大恐慌の入り口はどこに
以上から、アメリカが国内要因によって1930年代型の大恐慌に陥るリスクは小さい、と考えてよいのではないか。むしろ今後、懸念されるのは、欧州および新興経済圏の金融危機がもたらすグローバルレベルでの第2次金融危機ではないか、と筆者は考える。
2007年までの世界経済の状況をみると、住宅・不動産ブームは、アメリカだけの現象ではなく、イギリス、アイルランド、スペイン等の欧州をはじめBRICs諸国、ラテンアメリカ、東欧、アジア諸国、最近ではドバイなどの中東諸国など、日本を除くほとんどの国で共通に発生している現象である。
ところが2007年半ば以降の資源価格の高騰によるインフレ懸念から、多くの国が金融引き締め政策を採用し、現在に至っている。そして、いま、これが世界の不動産市場に深刻な影響を与えはじめている。
この動きは、すでにアイルランドやイギリスなどで深刻な景気後退、場合によっては金融機関の経営危機(アメリカのサブプライムローン問題とは別の要因で)を招いている。また、新興国は、中国に代表されるように、株価が急落しており、その影響が一般家計の生活にも影響を及ぼしはじめている。
さらには、新興国では、1997年のアジア通貨危機を彷彿とさせるような資本流出による通貨暴落も散見されはじめている。しかもこれらの国、とくに新興国は、アメリカと異なり、経済政策運営が稚拙な側面がある。2003年以降、このような新興国(および欧州)が世界経済の成長ドライバーであっただけに、これらの国の不動産ブームの崩壊は、世界経済にとっての新たなリスクとなりうる。
また、このような世界的な住宅・不動産ブーム崩壊の危機に際して、アメリカ経済がその橋頭堡になりうるか否かという点も重要な問題である。
従来であれば、アメリカ経済の回復が世界的な需要を生み出し、世界経済は再び回復軌道に乗るという単純な見方が成立していたが、最近のアメリカ国内での経済政策運営に関する議論をみると、これまでおろそかになってきたインフラ整備(発電設備、道路、橋などの生活基盤)を中心とした国内経済や所得格差の是正に経済政策の軸を移すべきではないかという見方が増えはじめている(ポール・クルーグマンはその代表格である)。
もしそうであれば、経済政策での失敗の可能性が低いアメリカだけが深刻な影響を被らずに済み、その後は、安定的な経済成長の下、国内の経済基盤の整備、財政再建に注力するという経済面での「モンロー主義」に走る可能性が高いのではないか、というのが筆者の見立てである。今回の金融危機が、アメリカの黄昏につながるとの考えは、じつは誤りのような気がしてならない。