こんにちは、ふじこです。
最近になって心境の変化というものがありました。
それまでの自分が、小説の暗の部分に惹かれていたとするのなら、今は明の部分を肯定的に見ているといった感じです。
自分がつくりあげる小説も、死とか暗い過去とかをテーマにしていました(過去については最近でもとりあげています)。
もちろん、それを書きながら、傍らでは笑いを誘うような新しい文学(と勝手に自分で思っているもの)も書いていました。
それでも、やはり自分にとって、自分の創作にとっては、ネガティブな感情というものが、それまでの小説を書くいちばんの動機になっていたと思います。20代の頃、それらの扱いにくい感情にまどわされ、ふりまわされてきた私にとっては、それを書いて表現することで、自分の気持ち・感情を少しずつ整理していたのかもしれないなと、今では思います。
なにが転機だったのか、は自分でもわからないのですが、小説を書くそれまでの動機であったネガティブな感情が、(まったくとはいわないけど)減ったという実感があります。それは、今後創作するうえで良い方向に向かうのか、それとも意欲を失墜させる方に向いてしまうのか……は、今のところ、よくわかりません。でも、心境が変化したことによって、扱う題材に、今困っているところです。
人間の暗い側面をひたすら描く、というのは今の自分には向いていない気がします。もちろん、私の中にもときおり、そうした感情がやってくることはありますが、それを深追いする気にはならないし、あまり描きたくないなというのが正直な気持ちです。
(実際、それを自分よりうまく書ける書き手はたくさん存在しますし……)
じゃあ、これから何を描いていけばいいのだろう、といったときに自分に書けるものを探すしかなく。
「自分だけしか」書けない題材というのは、実際存在しないとは思うけど(←冷めてる)、自分ならうまく書ける題材というものはあるはず。
それを模索する最中であります。
今現在書いている中編は、途中挫折を繰り返していたので、内容をあまり把握していないながらも、締め切りに追いつくように書いています。
このようなモチベーションで書くのは、公募にもそこに応募する他の書き手さんにも、失礼だなと思いながらも……、どうにか小説のほうも前に進めなくてはな……という気持ちです。
私は子どもの頃から欲が薄く、主張する自己(や自我)というものも、あんまりないので、こんなふうに小説を書いたり、ライターをやっているというのもなんか変な話だなと思いながら、でも、そこに執着をしているのでやり続けているという感じです。
小説を書くのも、もちろん小説家になりたいから小説を書いているのですが、気持ち的に小説家デビューして芥川賞獲って……! というイメージがぜんぜん湧かないのです。うまくなっていく(≒評価される、選考に通る)過程が好き派なので、「小説家になって~!」のキラキラ感はまったくありません(←冷めてる)。
(だから「小説家を目指しているんですね」といわれてなにか違和感を持つのは、そのせいなのかと思ったり。
今まで書いてきて、「ちょっと、自分のほんとの気持ちに近づけた」と思える作品はいくつかありますが、
それでも、ほんとうに自分で納得のいく作品になったことはないです。
そこが自分の限度なのだと感じつつ、でも「納得のいく」ところまで近づけさせるのがやりがいなんじゃない? とも思ったり。
前職で仕事がうまくできなかったときに、同僚のパートさんにいわれたことが今でも心に残っていて。
「どうやったらうまくいくのか、そのコツを探りあって工夫していくのが仕事の醍醐味なのよ」
という言葉は、仕事でも小説でもそうだなと思っています。
(仕事でも小説でも)結果はすぐにはでてこないし、でてこないからこそ、その過程を楽しんでいくことが大事なんだろうなあと思います。
長い記事になりました。まだ考えながら、少しずつ書いていきます。