いきなり哲学的なタイトルですが、「心ってなんですか」と聞かれたらどう答えますか。
あの人は温かい心を持った人だ。
あしたから3連休なんで、心が弾んでいます。
今日は身も心もくたくただ。
一人で待っているなんて、なんか心細いなあ。
ちょっと考えただけでも、わたしたちはたくさんの「心」を使っています。
「身も心も」の使用例でもわかるように、心は体に対するものとして考えられています。
しかもその範囲は非常に広く、
「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」(西行法師『新古今和歌集』)のように、情景に対する情感を表わすものから、「あの人の行動には下心がある」というような場合の心(この場合は、そういった考え、思いの意味)、「佐藤さんは絵心がある」のように、作品に込められた精神や趣き・味わいのような芸術的なものの見方といった意味で使われています。
もちろん、漢字の「心」は、心臓の形をかたどったもので、心臓の鼓動と人の精神作用が結びついたり、そのときの精神状態をありかを示したことから、「心臓」の意味から「精神作用」を表わすことばとして使われるようになったと言われています。
やっぱり、心の正体を探るのはとても難しいですね。