2021年の大晦日、時刻は夜の10時過ぎ。
大阪の、とある高級ホテルのスイートルームで、カウントダウンパーティが開かれていた。
その部屋には30人ほどの人間が集まり、わいわいがやがや楽しそうにやっている。
いつもは新年会をやるのだが、今年は趣向を変えてカウントダウンパーティにした。で、そのまま朝まで新年会という流れだ。
みんなが集まるのは、これで5度目になる。
最初の2回は偶然だったが、3回目からはは連絡を取り合って集まった。そして、ここ2年ほどは、集まるメンバーも増えている。
「よう、善ちゃん、元気か」
「元気だ。木島さんと会うのも、正月以来だな」
「お互い、忙しいからな」
善次郎はコンサルの仕事が順調にいっており、今では顧問先を50社ほど抱えている。
木島も、妻の文江と居酒屋を初めていた。昼は定食で夕方から居酒屋という形態を取っているので、掃除やら仕込みなどで忙しい。
だから、こういう機会でもないと、お互い会う時間がないのだ。
「一度、あんたの店に家族で行くよ」
「いつでも待ってるぜ」
木島と善次郎がこんな会話を交わしている間にも、そこここで談笑が交わされている。
「明日の公演のチケット、ありがとうございます」
実桜が、千飛鳥に頭を下げる。
「実桜ちゃん、いつもあなた方のお芝居を楽しみにしているんですよ」
真も頭を下げた
今のイシスは、劇団〇季や宝〇歌劇よりチケットを取るのが困難になっている。
「いいってことよ」
男役が身に付いている千飛里は、見た目の華麗さとは違って、男のように鷹揚に頷いた。
「相変わらずやな」
苦笑を浮かべる健一に、「人のことは言えないんじゃない」と、涼子がツッコミを入れる。
「あの二人も相変わらずですね」
良江が、麗を見てクスリと笑った。
「ほんま、麗さん。秋月さんとよくもってますね」
「あなたの方が凄いと思うけど」
新八の言葉に、麗が真顔で答えた。
新八の顔が青ざめる。
どこが気に入ったのか、男勝りの千飛里が、頼りなさを身体全体から発散している新八と結婚してから、もう三年近くになる。
新八はなにも言わないが、千飛里は新八のことをのろけてばかりいる。
多分、順調にいっているのだろう。
「僕なんか、まだまだです。あの二人に比べれば」
新八の視線の先には、悟とカレンがいた。
なんと、カレンは、ターニャと、それに桜井と安藤を交えて喋っている。
世界の三凶と恐れられている、元CIAのトップシークレットの殺し屋にロシアの機密性の高い部隊に所属するスパイ、それにエリートではあるが公安の異端児にマル暴。
考えてみれば、とんでもない組み合わせだ。
この四人は、世界の裏の情報交換をしているのだった。
安藤は世界とは関係ないので、日本の暴力組織について語っている。
悟はその四人から一歩引いて、カレンの後ろでニコニコしている。
「確かに、あの二人は別格ね」
麗も、認めざるを得ない。
「でしょう」
言った途端、新八の頭が軽くしばかれた。
「なに、得意げな顔をしとるんや」
しばいたのは、健一である。
「また、叩きましたね。本当に、パワハラで訴えますよ」
「いつも言うてるやろ、好きにせえやって」
「あの二人も相変わらずね」
涼子がシャンパンの入ったグラスを麗に差し出しながら、ため息をついた。
「会社、どうなんです」
受け取りながら、麗が尋ねる。
「あいつ、なにも言わないの?」
「ええ、自分からは会社のことはなにも言いませんわ。たまに訊いても、順調やというばかりで」
二人が軽くグラスを合わせて乾杯した。
「あいつらしいわね。健一の言う通り、順調よ。今では社員も十五人を超えてててね、健一は立派にやってるわ。社員みんなが健一を慕ってるのよ」
涼子があいつや健一と呼んでも、麗は嫌な顔もせず笑みを浮かべて聴いている。
この二人は、ある意味ライバルでもあり、ある意味胸襟を開け合える仲でもあった。
「そうでしょうね、私が惚れるくらいだから」
「言ってくれるわね」
涼子は苦笑を浮かべるしかなかった。
「でも、会社が順調なのは、涼子さんのお陰でもあると思いますよ」
「知ってるわ」
しれっと答える涼子に、麗がころころと笑った。
「新八君と良江ちゃんも、頼もしくなりましたね」
「私達だけの時は昔と変わらないけど、会社では頼もしい存在よ」
「いいですね、そんな関係」
「なにがええって?」
いつの間にか、健一が麗の横に立っている。
「なんでもないわ、私と涼子さんの話よ」
「また、俺の悪口を言うとったんやろ」
「それ以外に、なにがあるの」
涼子の一言で、健一はしゅんとし、麗は笑った。
「今年も呼んでいただいて、ありがとうございます」
多田野と今池が、声を揃えて頭を下げた。
その前には、洋二がいる。
「なにを言ってるんですか。多田野さんと今池さんが会社を支えてくれているのだから、当然でしょ。まあ、そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、飲みましょう」
ひとみが、二人のグラスにシャンパンを注いだ。
多田野と今池は、最初こそ洋二に反発していたが、たんぽぽ荘の住人の協力を得た洋二に取り込まれてからは、生まれ変わったようにイエスマンから自主性を発揮し、今では会社になくてはならない存在になっている。
「そんなことを言われちゃ、照れるじゃないですか」
「ほんとですよ」
洋二の妻に収まったひとみも、今では夜の世界を辞めて洋二の会社を手伝っている。そして、多田野と今池を始め、社員全員から慕われている。
「いいな、こんな関係」
洋二の父親が、グラスを傾けながら、みんなが談笑するのを眺めている。
「生きててよかったわね、あなた」
洋二の母親が、しみじみと答える。
洋二の父親は、癌を患い洋二に会社を譲った。
それまでの二人は相容れないものがあり、事あるごとに対立してきた。
しかし、洋二が立派に会社を継いでくれているのもあり、またひょんなことからたんぽぽ荘の住人と知り合って、父親の考えも変わってきた。
今では豪邸を引き払って、新しく建て直した2DKのたんぽぽ荘に居を移し、昼間から古川と飲んでいる始末だ。
「がんちゃん、目出てえな。まあ、飲もう」
洋二の父屋は、厳男という。
古川がどこからか一升瓶を持ってきて、厳男のグラスを満たした。
「東京から出てきた甲斐があったな」
敏夫も、グラスを傾けながら会心の笑みを浮かべている。
「こんな素敵な人たちと知り合えるなんて、あなたのお陰ね」
里美が、敏夫とグラス重ねた。
「杉田さんが入社したての頃には、こんなこと想像できませんでしたね」
「清水さん、それは言いっこなしだよ」
敏夫が苦笑した。
今では敏夫は、専務となって社長の片腕になっており、早苗も部長となって杉田を支えている。
一時は実力もなく恰好をつけたいばかりの課長と、自己保身に徹底した部長のせいで得意先を幾つも失いかけたが、二人に支えられた会社はみるみるV字回復を遂げ、今では社員も倍ほどになり、社員の誰もが二人を尊敬し慕っている。
「僕も、あの頃が嘘みたいだ」
「私も」
浩太と由香利が、笑いながら早苗に同調した。
「おいおい、お前たちまで」
「そうね、あの頃はどん底だったものね」
追い打ちをかける里美に、敏夫が困った顔をする。
「でも、今のお父さんは素敵だから、あの頃のことなんてどうでもいいや」
「私も、お父さんを好きになる日が来るなんて思わなかった」
浩太と由香利が、両脇から敏夫の腕を掴んだ。
「ありがとうな、お前たち」
敏夫の涙腺が緩む。
「それにしても、不思議ね」
里美が、会場にいる面々を見回した。
CIAの元殺し屋にロシアの諜報機関員、公安にマル暴、日本で一番売れている劇団の四天王にIT会社の社長と社員、それにアパレル会社の社長に重役に、元ヤクザの居酒屋の亭主。
なんとも異色の人材が集まっており、それがみんな親しげにわいわいと楽しんでいる。
こんな会合は、世界のどこを探してもないだろう。
「人は、出会うべくして出会う」
敏夫が、ぽつりと呟いた。
「まさに、その通りね」
里美は、縁の不思議さを感じていた。
普通ならば出会えない人々と、今はこうして新年を祝っている。
敏夫と結婚していなければ、こういう出会いはなかっただろう。また、敏夫が荒れていた時に見切りをつけていたら、やはり今の自分はない。
過去正月に何度も危ない目に遭っているが、不思議とその時は怖いとも思わなかったし、過ぎてみれば、誰も経験できないような体験が出来たという喜びさえあった。
まあ、普通の人間には、CIAの殺し屋とロシアの破壊工作員と公安とマル暴なんて、どれか一人でも接する機会なんてありはしない。それに、日本一の人気を誇る劇団員の主要メンバーともだ。
まさに、非日常の世界だ。
こういった人々と接し、大勢の武装した集団に囲まれ命の危険を晒したら、日常生活における苦労なんて、取るに足らないように思える。
「楽しんでる?」
そんな思いに耽っていた里美に、カレンが声をかけてきた。
カレンと話すのは初めてだ。
「ええ、とても」
笑っていても圧倒的な威圧感があるが、里美は不思議と普通に向き合えることができた。
「ふ~ん、あなたも変わってるわね」
そう言うカレンの目には、親しみがこもっている。
「私も、そう思います」
屈託のない笑顔で、里美が答える。
「せいぜい楽しんでちょうだい」
カレンも笑顔で応えて、健一の方へ向かった。
里美はカレンの後ろ姿を見やりながら、なんともいえぬ笑みを浮かべて、手にしたワイングラスの中身を飲み干した。
「おう、カレン。久し振りやな」
健一が、カレンに笑顔を向ける。
「なにを言ってるの、昨日会ったばかりじゃない」
健一と麗は、ちょくちょく悟とカレンが経営する喫茶店を訪れている。
昨日も訪れ、店の大掃除を手伝っていた。
精神レベルが同じなのか、健一とカレンは気が合った。
そして、そんな二人をサポートする麗と悟も気が合った。多分、お互いの苦労がわかっているのだろう。
ターニャは暖かい笑みを浮かべて、会場の面々を見回している。
これまで、何人も信用せず、ただ己の腕だけを頼りに生きてきたターニャ。自分以外は、上司といえども敵とみなして生きてきたターニャ。平和ボケした日本人など軽蔑しきっていたターニャ。
そのターニャが、ここにいる連中だけには気を許している。
なにせ、普通の人間からすればどうでもいい野良猫に、みんな命を張れるのだ。
国家の利益や自分の幸せや欲得ではなく、初めて知り合った野良猫にだ。
武装した集団に囲まれても怖気ることなく、みんな勇敢に戦う。終わった後は、何事もなかったように、酒を飲みながら陽気に振舞う。
そんな人種には、これまでお目にかかったことがない。
最初は、頭がおかしいのではないかと思った。しかし、出会いを重ねる度に、自分と同じ匂いがすることに気付いた。
しかし、みんな孤独ではない。孤高ではあるが、みんな懐が深いのだ。
この連中と接していると、なんだか自分は肩肘を張って生きているような気がした。そして、そんな自分が馬鹿みたいに思えるのだ。
だから、ターニャも、この連中といる時だけは気心を許し、自分に素直になるようにしている。
日本にこういった人間がどれだけいるのかわからないが、多分稀だろう。
「それにしても、異世界だな」
桜井が、ぽつりと呟いた。
「同感だな」
安藤が頷き、「よくもまあ、これだけの人種が集まったもんだと思うよ」と続けた。
「本当だな、こんな人間ばかりだったら、日本も安泰なんだがな」
「そいつはどうかな」
桜井が、安藤に怪訝な目を向ける。
「考えてもみろよ、野良猫のために平気で命を張れる連中だぜ。それこそ、よその国の野良猫のために戦争を起こしかねないぞ」
「違えねえ」
安藤の言い分に、桜井が笑った。
「それにしてもよ、ここでよかったかのかな」
大声で善次郎に言う木島にみんなの会話が止まり、木島に目を注いだ。
木島が言うのは、こんなホテルのスイートにまで、野良猫が逃げてくることはできないということだ。
お初天神、東通り、茶屋町、ミナミのカレンの店。
場所は違えど、過去4年は野良猫のために、ここにいる連中は赤い金貨の戦闘員相手に、命の危険を冒している。
カレンとターニャがいなかったら、全員死んでいたかもしれない。
この連中の尋常でないところは、自身の危険が嫌なのではなく、なんの罪もない野良猫が政争の道具になるのが許せないところにある。
だが、例外が4人いる。
カレンはひたすら闘争を求めて、ターニャは任務のため、桜井は巻き込まれる形で、過去の事件に関わっている。
そして残る一人は、新八だ。
新八だけは生来の気の弱さが祟って、何度同じ目に遭っても慣れないでいる。今年こそは無事に終えてほしいと思いながら、否応なしに巻き込まれているのだった。だが、その新八も、気持ちとは別にここ2年は勇気を奮い起こし、戦力にはならないまでも足手まといにはなっていない。
もしかしたら、千飛里と結婚したことにより、新八のなにかが目覚めたのかもしれない。それも、綾乃の啓示のお陰だろう。
願わくば、新選組の剣の使い手である永倉新八から命名した、お父さんの願いが叶ってほしいものだ。
それはさておき、何度も煮え湯を飲まされて、赤い金貨も機密情報の運搬に野良猫を使うことはしないと思うのだが、万が一そんなことがあった場合、ここでは助けることができないという木島の心配である。
木島だけではない、わいわい楽しみながらも、みんなそれが気がかりだった。
「木島さん、これまで4年連続だぜ。もう、なにも起こらないさ」
善次郎の言葉が終わるや否や、ドアの外から猫の鳴き声が聴こえてきた。
「嘘だろ」
木島が叫ぶ。
「マジか!!」
「今年もかよ」
「勘弁してくれよ」
「またか」
みんなが、口々に叫ぶ。
しかし、どこか楽しそうだ。
きっと、心の中では、なにも起こらないと物足らないという気持ちが、みんなにはあったものとみえる。
慣れというのは恐ろしい。
無事を祈っておきながら、なにも起こらないとなると少し寂しさを感じる。
カレンやターニャ、それに桜井や安藤がいるから強気になっているわけでは、決してない。
ここにいる連中は、子供も含めて、みんなどこか生死を超越している者ばかりだ。
なにしろ、世界の三凶と呼ばれるカレンとターニャが心を許しているくらいだから。
善次郎が、少しドアを開ける。
その隙間から、黒猫がとことこと入ってきた。
カレンが、素早く善次郎の肩に手をかけ善次郎をどかすと、ドアをけ破るようにして廊下に転がった。
手には、いつの間にか拳銃が握られている。
ターニャ、桜井、安藤も、すかさずカレンに続いた。
廊下には、誰もいなかった。
「なんだ、でけえ首輪だな」
四人が部屋に戻ると同時に、木島が声を発した。
木島の言う通り、黒猫は太い首輪を付けており、その先端には5センチ四方、厚さは1センチはあろうかというボックスが付いている。
「爆弾ね」
ターニャが、冷静に言う。
「なんだって」
「爆弾!」
みんなが驚いた声を出す。
「それも、スマホから遠隔操作できるやつね」
「だったら、おかしくないか」
ターニャの言葉を、桜井が打ち消した。
「俺たちを殺す目的ならば、この猫が入った瞬間に爆発させているはずだぜ」
「んふふ」
桜井の言葉に、カレンが意味ありげな笑みを浮かべた。
「まさか、カレン」
桜井がカレンに視線を向けると、カレンは得意気にポケットから小さな四角い箱を取り出した。
「出た! なんでもポケット」
悟の目が輝く。
「なんだ、その、なんでもポケットって?」
木島が尋ねる。
みんなも、興味津々といった目で悟を見ている。
スマホから遠隔操作できる爆弾と訊いても、みんなに怖気づいた様子はない。
みんなカレンを信用しているので、カレンの笑みに危険はないと見てとったのだ。
「カレンのポケットからはな、その時に必要なもんが、なんでも出てくるんや」
目を輝かせたまま、悟が説明する。
「私を、ド〇えもんみたいに言わないでくれる」
「で、それはなんや?」
カレンの言葉を無視して、悟が訊く・
悟でなければ即座に撃ち殺されていたであろうが、カレンは悟がそんな態度に出ようと怒ることはない。
「電波遮断機よ」
カレンが自慢気に答える。
「電波遮断機?」
みんなの声が重なった。
「そう、こんなこともあろうかと思って、これを持ってきたの」
そして、腕時計をみんなにかざしてみせた。
「で、これは爆弾探知機。この部屋くらいの広さだったら、爆弾があればこの時計が振動して教えてくれるの」
「そんなもんまで、見に付け取ったんか」
またもや、悟の目が輝いた。
悟以外の人間は、驚いているか呆れているかだ。
「ま、これもレディのたしなみというやつね」
みんなが天を仰ぐ。
「それはどうでもいいんだけど、その猫ちゃんの鳴き声が聴こえる少し前から、時計が振動したのよね。で、これを作動させたってわけ」
これが、世界の三凶と呼ばれる所以か。
桜井は、改めてカレンの恐ろしさを知った。
「なに、自慢してるの。そんなことなら、私も同様よ」
ターニャが唇を歪めながら、カレンと同じものを取り出した・
「食えない女ね」
「あなたには、言われたくないけど」
二人の間に火花が散る。
「まあ、まあ、お二人さん」
この二人が険悪なムードになっている時に、平気で割って入れるのは悟だけだ。
「ここで言い争いをしとったって始まらんやろ。それより、その爆弾を解除できるんか」
至極のんびりとした口調で訪ねる。
「この電波遮断機はバッテリーが十分しかもたないから、解除する時間はあるかしら。ターニャは止めているみただから、二十分弱ね」
「よく見てるわね」
ターニャは、カレンが電車遮断機を取り出した時、自分のものを止めた。プロだからか、お互いなにか相通ずるものがあるのか、この辺の呼吸はぴたりと合っている。
「二十分もあればじゅうぶんじゃないですか。この猫を置いて僕たちが出ていくか、この猫を外に出せばいいんですよ」
言った途端、新八の頭がしばかれた。
「まったく、おまえは進歩のないやっちゃの。自分さえ助かれば、猫はどうでもええんか」
健一の言葉に、みんながうんうんと頷く。
「みんなの気持ちを確かめるために言ってみただけです。僕だって、自分だけ助かろうとなんて思ってません」
新八が胸を張って答える。
「おっ、少しは成長したやんか」
健一が嬉しそうに、新八を背中をバンバンと叩いた。
「新さん、恰好いい」
むせる新八の背中をさすりながら、千飛里が嬉しそうな顔をしている。
「まったく、あの連中ときたら」
「相変わらずね」
そんな会話を交わしながらも、カレンとターニャはすでに爆弾の解除作業に取りかかっていた。
事は一秒を争う、悠長にしている時間などない。
爆弾にかけても精通している二人が、そう見てとっていた。
解除の道具は、二人とも持っている。
主に銃を扱うのが本業だが、いかなる時でも不測の事態に備えられるよう、最低限の準備はしてある。
二人が、並みのプロではない証だ。
「これを造った奴、相当にひねくれているわね」
カレンはどこか嬉しそうだ。
命がかかればかかるほど燃えるのが、カレンという女だ。
「馬鹿言ってる場合じゃないでしょ。これは、相当の腕よ」
そういうターニャも、どこか嬉しそうだ。
「あなた達は、安全なところに避難して」
解除作業を続けながら、カレンが言う。
しかし、誰もカレンの言葉に従う者はいない。
「わかってんだろ、俺たちは死なばもろともよ」
木島の言葉に、「そうだそうだ」とみんなが唱和する。
「私、まこちゃんと一緒に死ねるなら幸せよ」
「僕もだよ」
答えて、真が実桜の肩を抱く。
「まったく、民間人とは思えないわね」
ターニャが苦笑する。
「あんた達、子供まで巻き添えにしていいのか」
声を荒げたのは、桜井だ。
「大丈夫だよ、カレンさんとターニャさんを信じてるもん。それに、もしなにかあっても、お父さんとお母さんは猫のためなら絶対に譲らないから。僕も、猫を見殺しには出来ないし」
「俺も」
「私も」
洋平の言葉に、浩太と由香利が続く。
「偉いぞ、おまえ達」
「よく言った」
善次郎に美千代、敏夫にに里美が、それぞれ自分の子供を誉めた。
「偉いの?」
「さあ? 私には、命を粗末にしているとしか思えないけど」
カレンもターニャも、一瞬手を止めた。
ここにいる大人達は普通ではないと思っていたが、子供までとは。まあ、前年もその前の年も武装集団に囲まれても怯えている様子はなかったので、普通の子供ではないとわかってはいたが。こうまではっきり言いきられると、二人も驚嘆せざるを得ない。
しかし、それよりも、自分達を信頼しているという言葉が、二人の胸に響いていた。
「やるしかないわね」
「そうね」
短い言葉に、二人の万感の思いが込められている。
子供たちにここまで言われては、桜井もそれ以上言いようがない。
「まったく、この連中はどうなってんだ」
安藤に向けて、桜井が苦笑を浮かべる。
「人のことは言えないだろ」
「違えねえ」
安藤の返しに、桜井が笑い飛ばした。
「これを造った奴、なかなかの腕前ね」
カレンとターニャは、いつになく真剣だ。
小さな首輪の中に、幾つものトラップが仕掛けられている。
カレンの電波遮断機のバッテリーは切れ、ターニャのに切り替えていたが、それも残り半分ほどになっている。
「はっきり言って、解除できるかどうかわからない。もう一度だけ言うけど、あなた達は退避しなさい」
カレンが珍しく声を荒げた。
この連中を死なせたくないのだ。
「カレンの言う通りよ。もう、残り時間が少ないわ」
ターニャも、カレンと同じ気持ちを抱いていた。
プロは見切りをつけるのが的確だ。だからこそ、プロと言えるのだ。
カレンもターニャも、猫一匹のために命を張る気はない。
ここで死を賭して粘っているのは、みんなの期待を裏切れないからだ。
冷徹な二人にそこまで思わせるほど、ここにいる連中は並外れていた。
「いいんじゃないですか、爆発しても。死なばもろともって言うでしょう。みんなそんな気持ちだから、気にしないでください」
古川の言葉に、みんながうんうんと頷く。
こんないい連中を、絶対に死なせてはならない。
もう、カレンとターニャはなにも言うことなく、黙々と解除作業に取り組んでいた。
「残り一分」
悟が時計を見ながら、至極のんびりした口調で告げる。
だが、ここにいるみんなはカレンとターニャを信頼しているので、誰一人悲痛な表情を浮かべている者はいないし、逃げだす者もいない。新八も、踏ん張っている。
「あと、三十秒」
悟の口調に緊迫感がないのも、みんなを落ち着かせているといえる。
「あと、五秒」
相変わらず、悟の口調に切迫した響はない。
「残り三秒」
みんな、それぞれ親しい人の手を握ったり、肩を抱いたりして、カレンとターニャを見つめている。
「一秒」
よーいどんとでも告げるような言い方で、悟が言った。
さすがに、みんなの顔に緊張が走る。
「オッケー」
爆発音の変わりに、カレンの明るい声がした。
「ぎりぎりね」
ターニャが、苦笑を浮かべている。
同時に、みんなのため息が重なった。
しばらく、沈黙の時が流れた。
「よかった~」
沈黙を破ったのは、新八だった。
言いながら、へなへなとその場にへたり込む。
そんな新八の肩を、健一が優しくつかんだ。
「頑張ったな」
健一の言葉に、新八が泣き崩れる。
「あいつは、少しは成長してるんやな」
千飛里に優しく背中を撫でられる新八を見ながら、健一が感慨深げに呟いた。
「田上君はね、少しでも健一に近づきたいのよ」
「俺に?」
「そう、あの子はなにも言わないけど、あなたのことを尊敬し、そしてあなたのようになりたいと思ってるの」
涼子が、こんなことを言うのは初めてだ。
きっと鈍い健一のことだからわかっていないだろうと思い、一度言っておこうと思ったのだろう。
「これから、もっとしっかりせえへんとあかんね」
麗が、健一に腕を絡めてくる。
「そうやな」
照れもせず素直にうなづく健一に、麗と涼子が目を瞠った。
「健一も、少しは成長したようね」
涼子は嬉しそうだ。
「この猫、俺がもらってもいいかな」
木島が、黒猫を抱きかかえた。
黒猫は暴れもせず、木島の胸に顔をこすりつけている。
「いいね、あたしゃ文句ないよ」
文江が木島から猫を取り上げて、自分の胸に抱いた。
「いいじゃないか、木島さん。ぜひ、幸せにしてやってくれ」
「おおさ」
善次郎の笑顔に、木島も笑顔で応える。
「名前も決めたぜ、風三郎ジュニアだ」
「木島さんらしいや」
朗らかに笑ったものの、善次郎は木島の胸中を察していた。
ヤクザから足を洗った今、最後まで面倒をみてやるんだぜ。
口には出さず、心の中で木島にエールを送る。
「さてと、反撃と行きますか」
「反撃って、敵の居場所がわからんのに、どうやって反撃するんや」
悟がカレンにツッコミを入れた瞬間、風三郎ジュニアが文江の胸から離れて床に降り立ち、にゃあと鳴いた。
「どうやら、この子も復讐したいみたいね」
カレンがにやりと笑う。
そんな馬鹿なと否定したのは、桜井一人だけだった。
いや、もう一人否定してもおかしくない人間がいるが、新八はまだ泣いている。
残りの者は、猫の気持ちを誰一人疑う者はいなかった。
「そうだな、こんな目にあったんだものな。とっちめてやりてぇよな」
木島の言葉に応えるように、風三郎ジュニアがにゃあと一声鳴いてから、ドアの方へ歩いていった。
「奴らの居場所を教えてくれるみたいね」
ターニャも疑ってはいない。
「あんた達は、ここに残るんだ」
桜井が制したが、誰も首を縦に振る者はいない。
「そんなわけにはいかねえよ」と木島。
「罪もない野良猫に自爆テロをやらせようなんて、許しちゃおけないよな」と善次郎。
「それでこそ、あなたよ」と美千代。
後の面々も、口々に同じようなことを言った。
「無駄よ」
ターニャが、桜井に冷たい視線を投げる。
「しかし…」
「いいんじゃない、彼らの好きにさせれば」とカレン。
カレンもターニャも、先ほどのことで、誰かが死ぬのだったらそれでもいいと割り切っていた。
それは、二人がみんなを認めている証拠である、でなければ、足手まといになりかねない民間人を連れていくことはしない。まあ、過去の戦闘で、そこそこの戦闘力を有していることもわかっているのもある。
悟が、桜井の肩を軽く叩く。
「カレンとターニャの言う通りや、桜井さん。あの人らは、黙ってここに居るような人らやあらへん。死んだら死んだで、本望やろ」
「兄ちゃん、いいこと言ってくれるじゃねえか。おおよ、俺は猫のために死んだって悔いはねえぞ。まして風三郎ジュニアは、俺の子供になったんだからよ」
「それはわかったが、女子供くらいは残してはどうだ」
なおも、桜井は食い下がる。
「私がいなきゃ、どんな無茶をするかわからないからね、健一は」と涼子。
「それは、私の台詞よ」と麗。
「秋月さんがいなくなれば、会社が困りますから」と良江。
「ぼ、ぼくも、微力ながらお手伝いします」と、振るえる声で新八。
「麗は、私達のかけがえのない仲間だからな。それに、新さんの雄姿も見たいし」と千飛里。
「まあ、千飛里がそう言うならね」と瑞輝と春香。
「こんな可愛い猫に爆弾を仕掛けるなんて、放ってはおけないな」と真。
「私も」と実桜。
「黒猫のお陰で、ひとみさんと結婚できたからね」と洋二。
「私は、どこまでもあなたと一緒よ」とひとみ。
「私は、社長に付いていきます」と今池と多田野。
「いいな、こんな関係」と厳男。
「よかったわね、あなた」と厳男の妻。
「僕、お父さんの恰好いいところ見たいや」と洋平。
みんな、そんなことを言って、誰一人残ろうなんて気持ちはなかった。
「まったく、この連中ときたら」
「ほんとに」
カレンとターニャは、心の底から楽しそうだ。
二人とも、どうもこの連中相手だと調子が狂うみたいだ。
それも、心地よい具合に。
「やれやれ」
桜井も、とうとう諦めた。
「俺とおまえで、守るしかねえな」
安藤が桜井へ言うのへ、「よけいなお世話や。俺ら、守ってもらおうとは思ってへん」と健一がツッコミを入れると、「おうよ、伊達に昔ヤクザやってたわけじゃねえぞ」と木島が続き、「猫のためなら、命も惜しくない」と善次郎が結ぶ。
「公安もマル暴も、かたなしだね」
古川が、安藤と桜井の肩を叩いた。
「少し鍛えたら、最強の部隊になりそうね」
ターニャが言うと、「キャットガーディアンズ」陽気な声でカレンが右腕を突き上げた。
「このままでも、じゅうぶん強そうやけどな」
悟が、至極のんびりした口調で言う。
そんな会話をがやがや交わしながら、みんな遠足にでも行くような気軽な雰囲気で風三郎ジュニアの後に付いてゆく。
風三郎ジュニアはエレベーターの前で止まり、顔を下に向けて鳴いた。
エレベーターが開いて風三郎ジュニアが乗り込むと、階数表示板を見て鳴く。
カレンが抱きかかえて、風三郎ジュニアを階数表示板に近づける。
風三郎ジュニアは躊躇うことなく、3階のボタンを鼻で押した。
大宴会場のある階だ。
「外のアジトだと思ったけど、同じホテルにいるとは驚き」
「きっと、直ぐに成果を確かめられるからじゃない。爆発しないので、今頃は作戦を練っているところね」
カレンとターニャは、風三郎ジュニアの行動を少しも疑ってはいない。
「女性と子供は後から来て」
カレンの言葉を残して、エレベーターは閉まった。
三十人近い人間が、一度には乗れない。せいぜい十人がいいとこだ。
最初に、カレンとターニャと悟に桜井と安藤、それに木島と善次郎と健一と古川、なぜか新八が乗った。
三階でエレベーターが止まりドアが開くと、廊下には黒いスーツで身を固めた屈強な男が五人立っていた。
ドアが開くや否や、カレンとターニャは素早くそれを認めて、二人とも常人ではあり得ない動きで、あっという間に五人を倒した。
「間違いないようね」
カレンにの言葉に、ターニャがうなづく。
「偉いぞ、風三郎ジュニア」
木島が、風三郎ジュニアに頬ずりをした。
にゃ~と嬉しそうに、風三郎ジュニアが鳴く。
「じゃ、これをお返ししようかな」
カレンが、ポケットから風三郎ジュニアから外した首輪爆弾を取り出した。
「おい、ここはホテルだぞ」
桜井が、カレンの腕を掴んだ。
「いいじゃない、どのみち派手に暴れるわけだし。後をなんとかするのが、あんたたちの役目でしょ」
「俺はマル暴だから、後始末はおまえの役目だな」
「しようがねえな」
桜井が、諦めたように首を振る。
「離れて」
カレンはそんな桜井を一顧だにせず、ドアをそっと開けて首輪爆弾を隙間から投げ入れ、た。
みんなはなにが起こるのか察知して、カレンの言葉が終わらぬうちにドアから遠ざかっている。
カレンがスマホを操作すると、中から凄まじい爆発音が聞こえた。
解除した後、自分のスマホで爆発するよう素早く改造していたのだ。
間髪入れず、カレンとターニャが飛び込む。
桜井と安藤も後れを取らず、後に続いた。
銃撃音は散発で、悲鳴だけが続いた。
カレンたちの襲撃から逃れて外に出てきた赤い金貨の連中に、木島や健一たちが襲いかかる。
「毎年、毎年、猫を利用しやがって。猫の命を、なんだと思ってやがる」
木島の怒号。
「猫にもな、命はあるんやで」
健一の怒り。
「猫の命も、人の命も、同じなんだよ」
善次郎の叫び。
それぞれが声を荒げながら、鍛え上げられた犯罪組織の戦闘員を倒してゆく。
「ぼ、僕も、同感です~」
新八の声が震えているのは、怒りか恐怖か。
それでも新八は、渾身のストレートで一人をノックアウトした。
「新さん、ステキー」
千飛里の絶叫が、廊下に木霊する。
この頃には、みんなが降りてきていた。
男共はみんな戦闘に加わり、狭い廊下なので同士討ちの危険もあって赤い金貨の戦闘員は銃を撃てず、ただ乱闘あるのみだった。
カレンたちが部屋の中の敵を倒して出てきたときには、廊下での戦闘も終わっていた。
過去4年に渡り、赤い金貨は敗北を喫している。
今年は万全を期してこれまでの報復を企てたのだが、百人以上の精鋭を揃えたにも関わらず、7割はカレントターニャと桜井と安藤に倒され、残る3割は木島や健一や善次郎、それに洋二や真や古川たちの手によって倒された。
なんと、新八も3人をノックアウトしていた。
「千飛里さんと結婚したお陰で、こいつも強くなれたかな」
泣き崩れる新八を見やりながら、健一が苦笑を浮かべる。
「新さんは、元から強いよ」
「かもな」
健一は否定しなかった。
「じゃなけりゃ、あなたについてこれはしないでしょうね」
涼子も、泣き崩れる新八を見ながら、至極冷静な口調で言う。
「今年も、お疲れ様」
麗が、健一に腕を絡めてくる。
「もう、慣れたわ」
健一の返しに、みんなが爆笑する。
「違えねえ」
「まったく、毎年毎年、飽きもせずよくやるもんだね」
「ほんと、こいつらには学習能力ってものはないのか」
口々に、ため息詰りの声を出す。
「なんにしても、今年も大団円や」
健一が言った時、悟が叫んだ。
「ハッピー・ニューイヤー」
「お、もう新年になったんか」
健一が、時計を見る。
「今年も、猫を救うことができてよかったぜ。まして、俺の息子になったんだからよ、これほど嬉しいことはないぜ」
「可愛がってやるんだぜ」
善次郎の言葉を皮切りに、みんなが口々に木島にお祝いの言葉をかける。
「桜井さん、後は頼むで」
健一が桜井に言ってから、「さあ、みんな、飲み直しや。新年会と、木島さんと風三郎ジュニアとの宿縁に乾杯や」と意気揚々と拳を突き上げた。
「オウッ!!」
みんなの歓喜が、廊下に木霊する。
カレンとターニャも右手を突き上げている。
「おまえ一人じゃ可哀そうだから、俺も付き合ってやるよ。さっさと片付けて、早く戻ろうや」
「すまねえな」
桜井が、安藤に煙草を差し出した。
安藤は、一本抜いて口に咥えた。
安藤の咥えた煙草に火を付けてやり、自分も一本咥えて火を点けた。
出演
-絆・猫が変えてくれた人生-
善次郎
美千代
洋平
-プリティドール-
カレン・ハート ターニャ・キンスキー
杉村 悟 桜井 健吾
赤い金貨の戦闘員たち
-きらめくイルカ-
秋月 健一 秋月 麗
香山 涼子 夢咲 千飛里
生田 良恵 紅 瑞輝
田上 新八 吉野 春香
-真実の恋-
日向 真
実桜
-心ほぐします-
杉田 敏夫
杉田 里美
杉田 浩太
杉田 由香利
清水 早苗
綾乃(特別出演)
-夜明けを呼ぶ猫-
平野 洋二 木島
平野 ひとみ 文江
平野洋二の両親 古川
多田野 安藤
今池
脚本・監督
冬月やまと
2022年新春夢のオールスター・黒猫の逆襲制作委員会
「みんな立派になって。今年も、私の出番はなかったようね」
寂しげでもあり、どこか嬉しそうな響きの綾乃の声は、みんなの騒ぐ声に掻き消された。
「綾乃さん、あなたのお陰だよ」
敏夫にだけは聴こえていたようで、天井を見上げて呟いた。
「僕も、幸せになります」
新八にも、聴こえていたようだ。
新八も、天井を見上げて呟いた。
「新さん、誰としゃべってるんだい」
「なんでもありません」
新八が、千飛里の腕を取って踊り出した。
みんなが、呆気に取られた顔で二人を見る。
「ほんま、あいつも変わったもんや」
「あなたと、長年いるからね」
「千飛里も嬉しそう」
健一と涼子と麗は、灌漑深い目で二人を見つめた。
「ふふ、お幸せに」
みんなの耳に聴こえたかどうか、綾乃の満足げな声がした。
