「捨てちゃおうと思ったんだけどね、尋ねてきた人があなたの部下だったじゃない。それで、気が変わったってわけ」

「それで、わざとそのままにしておいたのか」

「私たちが、何を探しているのか知りたがっていたでしょ」

「君ほどの女が何の意図もなく、こんな話を俺に聞かせるはずがない。何を企んでいる?」

 桜井が疑わしそうな顔をして、ターニャの目を覗き込んだ。

「いやね、そんなに人を疑うものじゃなくってよ。私はね、部下の裏切りを知ったあなたがどう出るか、見てみたかったのよ」

 桜井が憮然とした。

「それで、緒方を殺さずに返したのか。まいったな、君も人が悪いぜ」

 ターニャが返事の代わりに、少し微笑んでみせた。

「しかし、たとえ緒方が否定したとしても、俺がグルだとは思わなかったのか?」

「これでも、人を見る目は確かなつもりよ」

「そいつは、どうも」

 ターニャに褒められても、桜井は憮然とした顔を崩さない。

「あなたも、カレンも大変ね。身内に裏切り者を抱えているなんてね」

 ターニャが、皮肉な笑みを投げかけた。

「そうだな、こっちは情報官までもだからな。まったく、情けない話さね。俺が言うのもなんだが、一体、日本はどうなっちまんだろうな」

 桜井の情けない表情がよほど可笑しかったのか、ターニャにしては珍しく声を出して笑った。

「そう、情けない顔しないで。あなたがいれば大丈夫よ」

 別におだてた様子もなく、さらりとターニャが言った。

「そいつは、買いかぶり過ぎってもんだ」

 桜井が苦笑を浮かべた。

 が、直ぐに真顔になった。

「ところで、杉村を裏切らせるとか言っていたが、君はどう思う?」

「私は、サトルが裏切るとは思えないけどね。それより、あなたは人のことを気にしている場合じゃないでしょ」

「そういうことだな。ま、とにかく礼を言っておくよ。あとは、君に笑われないよう頑張るとするか」

「楽しみに見物させてもらうわ」

 右手を上げて去っていく桜井の後ろ姿に、ターニャが声をかけた。