「だから、つべこべ言わずにやってみればいいじゃない。ここであんたを殺せばそうなるんでしょ。だったらあんたを殺して、私からきっかけを与えてあげるわ」

 ターニャは本気で撃つ。

 そう桜井が思ったとき、緒方の哀れっぽい声が聞こえた。

「ま、待ってくれ。取引しようじゃないか。俺を生かしておいてくれたら情報官に掛け合って、お前にだけは指一本触れさせないようにするから、な、だから殺さないでくれ」

 緒方が一生懸命哀願している。

 まだ、ターニャが命を惜しむような人間だと思っているのか。てめえと一緒にするんじゃねえ。

 往生際の悪い緒方に、桜井は胸糞が悪くなった。

 やり場のない怒りが胸一杯に膨らむ。

「あんたのようなクズは、殺す値打ちもないわ。弾がもったいないだけよ。これ以上あんたの顔を見ていると、反吐が出そうになるわ。さっさと消えなさい」

 辛辣な言葉を受けたというのに、緒方が安堵の声を漏らすのが聞こえた。

 桜井は、ターニャの代わりに、緒方を撃ち殺したい衝動に駆られた。

 ターニャの言う通り、お前はクズだ。緒方よ、お前は絶対、俺が捕まえてやる。覚悟しやがれ。

 憤怒の形相でそう思っているとき、こそこそと緒方が出ていく音がした。

 すかさず、桜井が部屋を飛び出した。

 ドアを開けた桜井が、唖然として立ち竦んだ。

 ドアの前に、ターニャが腕を組んで立っていた。

「どうして、君が?」

 驚きのあまり、それだけ絞りだすのがやっとだった。

「忘れ物を返しにきたの」

 そんな桜井を面白そうに見つめながら、ターニャが桜井の仕掛けた盗聴器を差し出した。

「気付いていたのか?」

 桜井は苦笑を浮かべながら、ターニャの手から盗聴器を受け取った。

「あなたのような人がただで帰ると思うほど、私はお人好しじゃないのよ」

 穏やかな言い方だ。

 緒方のときとはまるで別人だった。

「だったら、どうして?」

「始末しなかったのかって?」

 桜井が無言で頷く。