祐奈が、俺の前に現れた。

 祐奈は、昔の彼女だ。

 五年ほど付き合って結婚も視野に入れていたが、ある日突然、祐奈から別れを切り出された。

 理由は、俺より稼ぎのいい男に見初められ、交際を求められたからだと言う。

「私は、結婚したら、お金の苦労はしたくないの」

 俺は、歌手になる夢を追っていて、アルバイトの掛け持ちをしながら、ストリートミュージシャンをしていた。

 最初の頃は俺の夢を応援してくれていた祐奈も、いつまで経っても芽が出ないし、夢を諦めようともしいない俺に愛想を尽かしたのだろう。

 俺は夢を諦めたくなかったし、祐奈の幸せを願っていたから、素直に身を退いた。

 祐奈と別れてから一年ほど経って、ある事務所が、路上で歌う俺に目を付けた。

 俺は、その事務所にスカウトされ、それから一年後メジャーデビューした。

 デビューしてからは順調で、出す曲はみんなヒットし、今では武道館でライブを行うほど売れっ子になっている。

「私たち、やり直さない?」

 祐奈の言葉に、俺は冷たい視線を向けた。

「おまえは、自分からグラスを落としたんだ。壊れたグラスは、元には戻らない。新しいグラスを探すんだな」

 俺の言葉に、祐奈は悲しそうな顔をして背を向けた。