「じゃ、カレンの命と杉村も付けてやろう。これで、手を打たないか」
「どういうこと?」
緒方の突飛な申し出に、ターニャが冷ややかな声で返した。
「杉村に、カレンを裏切らせるんだ。あいつの手で、カレンを殺させるのさ。そのあとで、奴をお前さんに進呈しようってわけだ」
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
吐き捨てるようなターニャの声。
「それが、出来るんだな。こっちには心強い味方がいるんでね」
緒方の言い方は、自信に満ちている。
「誰?」
「そいつは言えねえが、どうだ、お前も、今までさんざんカレンに苦しめられてきたんだろ。そいつを自分が愛する男に裏切らせ、殺させようってんだから、一千万ドルでも安いんじゃねえか?」
聞いていて、桜井は胸糞が悪くなった。
こいつは、人間のクズだ。
心の底から嫌悪感を覚えた。
緒方よ、お前は、俺の手でふん縛ってやるぜ。
桜井が心に誓う。
「そう、うまくいくかしらね」
桜井の憤怒とは対照的に、ターニャはいたって冷静だ。
小馬鹿にしたような口調で言っている。
「私は、そんなくだらない誘いに乗るつもりはないわ。カレンとは自分でケリをつける。それに、サトルが欲しければ、自分の力でものにしてみせる。爆弾もこの私が頂くわ。タダでね」
「馬鹿な女だな。この世界で生きているにしちゃ、考えが甘いんじゃねえか。この世界はな、まっとうじゃ生きていけねえんだ、そうだろ。お前も桜井と同じで、理想をを追っかけているだけの馬鹿な野郎さ」
そこまで言ったとき、緒方の息を呑む音が聞こえた。
「私を馬鹿にした奴で、生きている者はいないと習わなかった」
ぞっとするようなターニャの声。
まるで、地獄の底から響いてくるようだ。
盗聴器越しに聞いていた桜井でさえ、思わず身の毛がよだった。
相手を凍てつかせるような冷たい目、氷のような微笑。
今、緒方に向けられているターニャの顔が、桜井には声だけで想像できた。
さぞかし、緒方はブルっていることだろう。