盗聴を始めてから十分も経った頃、受信機の静寂が破られた。
ターニャの部屋のドアがノックされたのだ。
ノックは、モールス信号のようなリズムで繰り返された。
多分、合言葉になっているのだろう。
桜井が緊張した面持ちで、盗聴器に耳を近づけた。
ドアを開ける音に続いて、誰かが入ってくる足音がした。
「あら、あなただったの」
ターニャの軽く驚いた声。
「そうだ、俺が交渉役だ」
その声を聞いた途端、桜井の全身の毛が逆立った。
その声は、まぎれもなく緒方の声ではないか。
まさか、緒方が裏切っていたのか?
桜井は俄かには信じ難い気持ちだった。
しかし、その後の会話を聞いて、信じないわけにはいかなかった。
「あなたが組織を裏切っているということは、サクライもそうなの?」
「へっ あいつは、頭が固くっていけねえ」
緒方が吐き捨てるように答える。
「あいつは、金にも女にも興味を示さねえ。ただ、日本を守ることだけを生き甲斐としてやがるのさ。あいつが知ったら、有無を言わさずぶっ殺されちまわあ」
「そう」
ターニャの声を聞いて、ターニャが笑っているのではないかと、桜井には感じられた。
「まあ、あいつのことはどうでもいいや。それより、あれをいくらで買う?」
「あれとは?」
「今更、何をとぼけてんだ。カプセル爆弾に決まってるだろうが」
桜井はやっと、皆が何を奪い合っているのかがわかった。
カプセルというからには小さなものに違いない。
威力なんて高が知れているだろうに、そんなもののために、なぜ世界の三凶が揃い踏みしているのか、桜井は訝しげに思った。
カレンはまだわかる。
オコーナーが絡んでいる以上、カレンに頼らざるを得なかったのだろう。
しかし、ターニャや劉が出てくる理由が解せなかった。
だが、そんな桜井の疑問は、次の会話で解けた。
「話しには聞いているけど、本当にそれほどの威力があるの? つまり、お金を出す価値があるかってことだけど」
ターニャの言い方には、まったく感情がこもっていない。