「スパイの常備品よ」

 淡々とした言葉とは裏腹に、カレンの顔は自慢げだ。。

 カレンが、切り取った空間から中の様子を窺う。

 あんな金網入りの分厚いガラスを、あっさり切ってまうなんて、一体、あの刃はなんで出来てるんやろ。

 悟の関心は別のところにあり、戻されたポケットの膨らみを見つめていた。

「あるある」

 何も起こらないのを確信したカレンが、切り取った空間に頭を突っ込み、下をみながら小声で呟いた。

「なにが」

「扉の下を見てごらん。それから左右もね」

 間の抜けた声で問いかける悟に、カレンが場所を譲った。

 悟が中を覗いている間、カレンは用心深くビルの中を注視していた。

「あれか」

 悟が見たものは、扉の下に這わせてあるコードと、扉の両側に置いてある金属の箱だった。

「扉を開けると、コードが引っ張られて、両側の爆弾が爆発する仕掛けね。そんなに 威力はないでしょうけど、私たちが吹っ飛ぶくらいの威力はあるでしょうよ」

「で、これからどうするん?」

「私が、中へ入って開けるわ」

「そんなん無理やろ。開けたら爆発すんねんで」

「まあ、見てて」

 カレンが茶目っ気たっぷりに言って、悟にウィンクしてみせた。

 それから、確認するように自分が切ったガラスの穴を見た。

 カレンの胴回りより二周りほどの大きさである。

 しばらく見つめていたカレンが、何かを確信したかのように大きく頷くと、十歩ほど後ずさった。

 そして、扉との距離を測るように一度扉を見てから、おもむろに駆け出した。

 扉の数歩手前で思い切りよく足を踏み切り、両手を前に突き出してジャンプする。

カレンは、見事に切り取った穴をくぐり抜けていった。

 建物の中に飛び込んだカレンは、片手を床に付けた反動で空中を一回転し、音もなく着地した。

 その動作は、まるで雌豹そのものである。

 着地するや、素早くズボンの裾に隠していたナイフを引き抜いて、扉の下のコードを切断した。

 息ひとつ乱してはいない。