高柳は外務省の事務官上がりであり、これは異例のことだった。

 内調というところは、次長を除いて情報官や幹部はほとんど警視庁からの出向なのだ。

「まあ、そう慌てるな」

 困った奴だとでも言いたげに、高柳が顔をしかめてみせる。

「そう言われましてもね、こっちは重要な任務の途中で呼び戻されたんだ。それも、こんな時間にね。よほど、とんでもない事が起こったと思うのが普通でしょう。今更わかりきったことを問答している間に、俺を呼び戻した理由を話しちゃくれませんか」

 桜井の苛立ちは頂点に達していた。

 桜井は、超難関の国立大学の法学部を主席で卒業したエリートで、在学中に司法試験をパスし、国家公務員上級試験も一発でパスしている。

 それなのに、キャリアになることを拒んで、最前線で働くことを選んだ変わり種だ。

 桜井には出世欲というものが欠如しており、代わりに、日本を守るという強い意志だけがある。

 キャリアなどになってしまえば、色々な思惑が絡んできて、自由に動き回ることが出来ないと思った桜井は、敢えて現場の第一線で働くことを選んだ。

 生温い日本では自分を鍛えられないと思った桜井は、大学を卒業すると同時に、フランスの外人部隊に入隊した。

 一年の過酷な訓練を脱落することなく耐え抜き、それから四年ほど、傭兵として世界中の紛争地帯を転戦した。

 そんな桜井だから、保身を第一とする高柳とは反りが合わない。

 それが、ものの言い方にも現れていた。

 内調といえども役人である。

 身分の上下関係は厳しい。

 だが、高柳を軽蔑しきっている桜井は、そんなことにはお構いのない口の利き方をする。

 高柳にとっても、桜井は扱いにくい存在だった。

 自分を露ほども敬わない桜井に、高柳はいつも苦々しく思っている。

 しかし、これまで数々の功績を挙げている桜井なので、いくら気に食わなくても、無下に扱うわけにはいかなかった。

「わかった。今から説明するから、そう熱くならんでくれ」

 高柳が、憮然とした顔で本題に入る。

「そのカレンなんだが、今、東京へ向かっている」

 桜井の目付きが鋭くなった。

 その目に気圧されたのか、高柳が目を逸らした。