深夜、横浜の埠頭に一隻の黒いゴムボートが、音を立てずに静かに接岸した。

 乗っているのは、二人の東洋系の男である。

 ボートは沖合に停泊している、カナダ船籍のタンカーから密かに降ろされ、静かに波を漕いでやってきた。

 エンジンを取り付けてあるが、それは万一の時の逃走用らしい。

 ボートが接岸すると、倉庫の陰にひっそりと隠れていた、

 黒塗りのベンツが音もなく滑ってきて、ボートの横に停まった。

 車には、運転席に一人乗っているだけである。

 車が停まるのを見届けたように屈強な男が一人、ボートから降り立った。

 短く刈った髪、そして頬の切り傷。

 劉だ。

 劉は、国際手配されている。

 一般的には知られていないが、世界数ヶ国で起こったマフィアや闇社会との抗争事件や、某国における警察の高官の暗殺事件の首謀者とされていた。

そのため航空機を使用せずヘリで海上のタンカーまで行き、そこから日本領海に入ったのだった。

 劉が降りると同時に、ボートはまた音もなく沖合へと引き返していった。

ボートを振り返ることなく、劉はベンツの後部座席に乗り込んだ。

 劉がドアを閉めるなり、ベンツは静かに発進した。

劉は腕を組み、じっと前を見つめている。

 バックミラーを見る度に、爬虫類のような無表情な顔をした劉が映る。

 なんの感情もない死人のような目が自分を睨んでいるような気がして、運転手は居心地が悪そうに、何度も尻をもぞもぞとさせた。

「尾けられてるぞ」

 埠頭を離れて十分ほどした頃、抑揚のない声で劉がぼそりと言った。

 劉の声は錆びれた金属のようにざらついており、少しかん高かった。

 聞く者を不快にさせる、一度聞いたら忘れられない声だ。

 運転手がバックミラーを見た。

 確かに、気になる車が一台いた。

 最初は気付かなかったが、よく見ると間に数台挟んではいるが、巧みにこの車を尾けているように思える。

「確かめろ」

 劉が命令する。