「世界の三凶と恐れられているみたいだが、他愛もないな」
相変わらず抑揚のない声で言って、助手席の男が嘲笑を浮かべた。
この車の中では一番立場が上らしいが、この男もロビーで女に銃を突き付けた男同様、女を見くびっていた。
「噂には尾ひれがつくからな。所詮は女さ、銃口を突き付けられたら黙って従うしかないだろう」
ロビーで銃口を突き付けた男も、小ばかにしたように言って嘲笑する。
二人になにを言われても、女は無言を貫いている。
女を乗せた車はしばらく走り、とある倉庫へと着いた。
車から降ろされた女は、二人に銃を突き付けられて倉庫へと入れられた。
中には、屈強な男五人が銃を構えている。
「たった、これだけ?」
女が、初めて口を開いた。
その声には怯えなど微塵も混ざっておらず、笑みすら浮かべている。
「私も、舐められたものね」
前後に五人ずつ、銃を構えた屈強な男がいるというのに、女は平然と立っている。
「はったりはよせ」
助手席に座っていた男が言う。
「おまえには、日本に来た目的を吐いてもらう」
男の嘲笑は消えない。
「その後は?」
手も上げず、女はただ突っ立たままそう問うた。
「死んでもらう。素直に吐けば楽に殺してやるが、強情を張ると、苦しみながら死ぬことになる」
「そう」
ふっと、女の顔が和んだ。
女の顔には、見る者を魅了する笑顔が浮かんでいる。
「それが、エンジェル・スマイルというやつか」
「そう、この笑顔を見て、生き延びた者はいない」
女の名はターニャ。
ロシアの諜報員だ。
天使のような笑顔を浮かべながら人を殺すことから、エンジェル・スマイルと呼ばれている。
ただし、その笑顔を見て生き延びた者はいないので、これは裏の世界に伝わる都市伝説のようなものだ。
「おまえの噂は聞いている。だから、これだけの用意をして待っていた」
「私の噂って、そんなものなの」
ターニャの笑顔に、凄みが宿った。