「たとえ東京に行かんで、俺の傍におってくれたとしても、麗の魂は、半分東京に飛んでしまってるやろう。昨日がそうやった。俺に気を遣って明るく振舞ってたつもりやろうけど、俺には無理してるのがようわかった」
麗の肩に置いた健一の手に、力が込められる。
「ええか麗、俺はな、惚れた女が無理してる姿なんて見とうないねん。そんなんで傍におってくれても、嬉しくもなんともあらへん。そやから、麗は、俺に気なんか遣わんと、自分がしたいようにしたらええ」
健一の言葉を聞いているうちに、麗の瞳から、止めどもなく涙が溢れてきた。
「健も、一緒に行く気ない?」
震える声で、麗が訊く。
健一は、静かに首を振った。
「行きたいのはやまやまやけど、それはできへん。俺が東京へ行っても、今の麗と同じ気持ちになるだけや。そんなんで一緒におって、麗は満足か」
悲しみを帯びてはいたが、厳然たる声で健一が答える。
「そうやね、その通りやね。うちも、そんな健と一緒にいるなんて、我慢できへんと思う。わかった、よく考えてみる」
「そうし。麗が東京へ行っても、二度と会えんわけやないけど、夢を掴むチャンスは今だけや。そこを、よう考えるんやで」
そうは言ったものの、健一は、麗が東京へ行ってしまったら二度と会うことはないだろうと思っていた。
イシスが軌道に乗るまで、麗は厳しく自分を律するだろう。
その覚悟があるから、東京へ行くのを躊躇っているのだ。
お互い、歩んでいく道が違いすぎる。
二人の道は、どこまで行っても交わることはない。
「ねえ、ギュッとして。思いっきり強く」
麗が、健一にしがみついてきた。
健一は昨夜以上に強く麗を抱き締めた。
どこへも行かせまいとするかのように。
健一の背中に回した麗の腕にも、渾身の力が込められる。
ぜったいに離れまいとするように。