虚しい気持ちで男が逃げ去るのを見つめていた健一の手を、麗が握ってきた。
「健って、キレたら怖いんやね。うち、ほんまに、あの男の腕を折るんやないかって思ったわ」
麗の声が少し震えている。
「すまん。あいつが麗の腕を握った瞬間、頭に血が昇ってしもてな。あんなにキレたんは初めてや。麗がおるっちゅうのに、ほんまごめんな」
「ううん。謝るのはうちの方よ。健はうちのことを気遣って、黙って立ち去ろうとしてくれたのに、うちが手を出してしまったばっかりに、健にあんなことさせてしまったんだもの」
すまなさそうに言ったあと、麗の顔が輝いた。
「でも、嬉しかった。うちのために、健があなんなにキレてくれるやなんて」
それには答えず、健一は黙って麗の肩を抱いて歩き出した。
「あんときはびっくりしたで。なんも言わんと、いきなりビンタ喰らわすんやもんな」
歩きながら、健一が言う。
「うち、酔っ払いが嫌いやの。あんな酔っ払いは、特によ」
「酔っぱらいに、酷い目にあったことがあるんか?」
「別にないけど、生理的に受け付けへんのよ」
麗の口調には、嫌悪感が滲み出ている。
「俺も、酔っ払いは嫌いや。楽しい酒やったらええけど、酒に呑まれるような奴は大っ嫌いや」
「健も、嫌いなんだ」
「ああ、酒は楽しく飲まんとな。酒に呑まれるんは、自分が弱いからや。初めてやったらしゃあないけど、一回でも人に迷惑をかけたことがあるんやったら、二度とそこまで飲まんとこういうのが普通やろ」
健一が立ち止り、麗と向き合う。