2021年正月三日の夜。

 今年も、イシスの正月公演は大盛況のうちに終えた。

 イシスのファンは年々増え続け、今では劇団員も五十人を超え、専用の劇場も構えている。

 入団希望者は引きも切らず、オーディションで選別するのが大変になっている。

 それだから、団員はみんな粒よりで、歌も踊りも芝居も上手い。

 もちろん、入団してからの猛稽古の成果もある。

 イシスの猛稽古は、今では有名だ。

 あたら有能な才能を持ちながら、稽古に堪えられなくて辞めていった団員も多い。

 だから、観客を引き付けるのだろう。

 イシスがここまで急激に飛躍したのは、カレンとターニャを題材にした舞台が当たったからだ。

 何度観ても飽きないというリピーターが多く、異例のロングランとなっている。

 もちろん名前は変えているが、麗がカレンを演じ、瑞樹がターニャを演じ、千飛里が桜井を演じている。春香は悟の役だ。

 本物を知っているので、みなよく特徴を捉えて、自分のものにしている。

 観ている者は、誰も彼女らが演じている人物が実在しているとは知らない。

 そして、芝居以上に過激な世界が繰り広げられていることも知らない。

 あくまでも突拍子のないことと思っているから、面白く観ていられるのだろう。

 それだけ、日本が平和だということだ。

 もし、彼女らが演じている芝居が、実際に世界どころか、日本で起こっているのを知ったら、それこそパニックでは済まない騒ぎになるだろう。

 そういった意味で、彼女らは観客に警告の意味も含めて演じてみせていた。

 もっとも、誰もそんな受け取り方はしてはいないが。

「今年も、大盛況でしたね」

 イシスの四天王の顔を見るなり、良恵が言った。

 ここは、悟とカレンが営む喫茶店だ。

 イシスのメンバーは有名になり過ぎて、おちおちと街を歩けなくなっている。

 今日も、大勢の出待ちのファンを撒いてここまで来るのに苦労した。

 今日は、毎年恒例の新年会だ。

 元CIAのトップシークレットの存在だった殺人兵器のカレンなので、引退してからもCIAや公安やその他諸々の国の諜報機関が、カレンの店の回りに常時張り付き見張っている。

 そんな場所で、例年のような事件が起きるとは考えにくい。

 だから、新年会の場所にここを選んだ。

 悟の提案だ。

 カレンとしては荒事が起きてくれたほうが楽しいのだが、数少ない親しい人達を危険な目に遭わせるのはどうかという悟の説得に、渋々応じた恰好になっている。

 喫茶可憐は、それほど広くはない。

 立食とはいえ、三十人もいればとても狭く感じられる。

 しかし、ここに集っている面々はみな楽しそうだ。

 ここ三年連続で、正月早々事件に巻き込まれて知り合った連中だ。

 だから、この時しか会えない者もいる。

 料理は、みんなの手作りだ。

 涼子や良恵や里美や早苗や実桜やひとみ、それにイシスの面々も加わって、豪勢な料理を作りだしている。

 中でも、カレンが作る料理は絶品だ。

 世界の三凶と裏の世界で恐れられ、あらゆる殺しのテクニックに長けたカレンだが、以外にも料理は上手だった。

 カレンが作るオムライス目当てにやってくる常連の数も多くいる。

 シャンパンで乾杯し、みんなが作った料理を食べ、宴は大いに賑わっている。

「新八君、少し男らしくなったんじゃありませんか」

 洋二が、新八にビールを注ぎながら言う。

「男らしいなんて、そんな、照れるやないですか」

 言葉とは裏腹に、胸を反らしてみせる新八の頭がしばかれた。

「イタッ!! なにするんですか、パワハラで訴えますよ」

「ああ、ええで。訴えたかったら、訴えてもな。しかしな、役員は労基は取り扱ってくれへんぞ」

 去年から、良恵と新八は健一の会社の役員になっている。

 まだまだ小さいが、健一の会社の社員数は十人を少し超えていた。

 健一と涼子、それに良恵と新八の四人で起ち上げた会社が、四年で三倍くらいになっていた。

 良恵も新八も本当に努力しており、下の面倒見もよく、任せておいてもなんの心配もいらないくらいに育っているので、涼子と相談して健一は二人を役員にした。

 涼子は、立ち上げ時から取締役という立場だ。

 そんな状況でも、四人の付き合い方はまったく変わっていない。

「酷いなあ、こんなことなら役員になるんやなかったです」

「やったら、明日にでも解放したろうか」

「相変わらずね、あの二人は」

 麗が二人の掛け合いを横目でみながら、涼子にグラスを差し出した。

「ええ、社員のいる前ではあんなことはしないけど、私達だけになると、直ぐにああよ」

 涼子が苦笑を浮かべながら答える。

「でも、素敵ですよ、こんな関係」

 良恵が、麗と涼子の会話に混じってくる。

「秋月さん、昔とちっとも変らないんだもの。私、本当に秋月さんに付いてきてよかった」

「そんなこと、健一の前で言っちゃダメよ。あいつは、直ぐに調子に乗るんだから」

「いいんですか、涼子さん。奥様の前でそんなことを言って」

「いいわよ、涼子さんが言ってるのは本当のことだもの」

 麗がコロコロと笑う。

「あたしが奥さんだからね、新さんもしっかりするわよ」

 千飛里が、健一と新八の間に割って入った。

「なあ、千飛里さん。こいつのどこが気に入ったんや」

 みんなもそれに興味があるとみえて、一斉に千飛里を見る。

「新さんは、素敵な男性やないの」

 みなの視線が一斉に自分に浴びせられて少したじろいだものの、さすがイシスの団長である。怯んだのも一瞬で、直ぐに立ち直り、堂々と言い放った。

「よかったの、新八。千飛里さんにここまで惚れられて」

 嬉しいのか照れなのか、はたまた他に感情があるのか、新八の表情には複雑なものが浮かんでいる。

 ところで、今日は最初から珍客が混じっている。

 ターニャだ。

 なにも起こっていないというのに、この新年会にターニャが参加しているのだ。

 呼んだのは、意外にもカレンだ。

 カレンはコンピュータにも長けているので、超極秘の情報でも簡単に掴むことができる。

「私を呼ぶ訳は?」

「この面子が揃うと、またなにか起こりそうだから」

 たったこれだけのやり取りで、以外にもターニャはあっさりと承知した。

 孤高を貫くターニャも、この連中だけは気に入っている。

 これまで三度顔を合わせているが、民間人にすれば突拍子もない出来事を、みんな毅然と対応している。

 日本どころか、世界中を探してもこんな人種はいない。

 これまで人を好きになることのなかったターニャだが、この連中は例外だった。

 日本語が堪能なターニャは、みんなに混じって楽しんでいる。

「まさか、こんなことがあるとはな」

 桜井が、ここに集う面々を見渡しながら苦笑した。

「まったくだ」

 桜井にビールを注ぎながら、安藤が同意する。

 公安の隠し玉とマル暴。

 警察学校で同期の二人は、今年もなにが起こるかわからないので、軽くビールを飲んでいた。二人共、懐には拳銃を忍ばせている。

「しかし、安藤よ。この連中を見ていると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思えるな」

「まったくだ。大した連中だよ」

 二人が頼もしそうに、みんなの顔を見て微笑んだ。

「相変わらず綺麗だな、みっちゃん」

「いやだ、木島さんたら。奥さんをもらってから、口が上手になったわね」

 善次郎夫婦と、木島夫婦が楽しそうに談笑している。

「今年も楽しいね」

「うん」

 真と実桜が、肩を寄せ合って微笑み合う。

「いつもありがとう」

 洋二が二人の側へ来て挨拶した。

 フリドレには、二年前からの元旦の事件で知り合った経緯もあり、元キャバ嬢の実桜にも協力してもらっている。

 そういった人たちのお蔭で、洋二の会社はぐんぐん業績を伸ばしている。

 それに貢献しているのは、創業時からの社員である、今池と多田野だ。

 この二人とは、最初洋二は反りが合わなかったが、会社を発展させるために、たんぽぽ荘の面々の協力を得て取り込んだ。

 そして、フリドレの成長と共に、二人の意識もみるみる変わっていった。

 言われたことだけはやるが積極的に動かなかった二人が、今では役員となって洋二の補佐をしながら、ぐいぐいと会社を引っ張っていっている。

 その二人も、今日はこの新年会に参加している。

 過去の事件のことは聞いており、今年もそのようなことが起こるかもしれないと聞かされても、そんな凄い人達に会いたいという欲求のほうが強く、二つ返事で参加した。

 それだから、二人はカレンやターニャや桜井とも、臆することなく談笑している。

 人間、変われば変わるものだ。

 そこに、洋二の両親も加わっている。

 洋二の父親は、会長に留まることなく、洋二に会社を譲ってあっさりと引退した。 

 そして豪邸を捨て、新しく立て直した、たんぽぽ荘へと夫婦共々移って暮らしている。

 今では、毎日、古川相手に昼から酒を飲んでいる始末だ。

 みんな楽しそうに騒いでいる最中、カレンの眉がピクリと動いた。

 ターニャも、なにかを感じたようだ。

 二人の口角が上がる。

 だが、そんなことはおくびにも出さずに、みんなに混じって談笑を続ける。

 その頃、各国の諜報機関がカレンを見張るために借りていたアジトのすべてが、黒いスーツ姿の集団の奇襲に遭い全滅していた。

「今年こそ、失敗は許されん」

 リーダー格の男が、目に強い決意を湛えて全員に告げる。

「しかし、よりによってまたあいつ達のところへ行くとは。そもそも、猫に機密情報を埋めて運ぼうというのが間違っていたのでは」

 そう言った部下が、即座に殴り倒された。

「俺だって、好き好んでそうしたわけじゃない。ボスの命令だからしかたないだろう。それにな、ここ三年はすべて梅田だったんだ。まさか、こんなところであいつらが宴会をしているとは、思いもしなかったよ」

 リーダー格の男が、半ば自棄気味に言う。

「ま、ここで文句を言っても始まらん。俺たちだって、この一年で血のにじむような訓練を積んだんし、多くの修羅場も潜ってきた。これまでのように、あっさりとはやられはしない」

 言葉通り、各国の諜報機関のアジトは、いとも簡単に制圧している。

 しかし、カレンの動向をただ見張るだけの役割なので、腕の立つ者はいない。

 そんな奴らを制圧したからといって、得意になるのはいただけない。

 リーダー格の男はそれもわかっていて、みんなを勇気づけようとしていた。

 カレンもターニャも、一人で凶悪な組織を幾つも潰してきた過去がある。

 カレンが本気になると、CIAすら壊滅させかねない。

 事実、組織を抜けるとき、CIAが送り込んだトップクラスの刺客を十人以上倒しており、長官の家に堂々と乗り込んで長官に銃口を向け、「これ以上私の邪魔をするのなら、組織を潰す」と言い放った。

 長官も、その可能性が高いと踏んだので、カレンが抜けるのを許し、それからは報酬を払ってカレンに仕事を依頼している。

 もっとも、カレンは気の向いた仕事しか受けないが。

 カレンが気の向く仕事。それは、カレンが死を賭けて戦う相手がいる場合か、少なくとも鬱憤が晴れるくらい大多数の敵がいる時に限られている。

 そのうちのひとつの仕事で、カレンとターニャに並ぶ、世界の三凶と呼ばれていた一人の、赤い金貨の誇る殺し屋の劉がカレンに倒された。

 ターニャは、ある中東の凶悪なテロ組織を一人で壊滅させた。

 その時殺した敵の数は、百人を超えている。

 そして、劉が倒された事件では、過酷な状況に置かれていたターニャを発掘し、組織に引き入れ育て上げた恩師をあっさりと殺している。

 その恩師が赤い金貨のメンバーで、ターニャを国のためではなく、赤い金貨のために利用しようとしたからだ。

 カレンもターニャも、とことん冷酷非情になりきれる。

 そして、祖国や組織に対する忠誠心など微塵もなく、すべての行動は自分の基準に従って行う。

 多くの民間人がいたからか、過去三年間痛い目に遭いはしたものの、リーダー格の男を含め、そこに居合わせた赤い金貨のメンバーが殺されなかったことは、奇跡に等しい。

 カレンとターニャを相手にするくらいなら。、赤い金貨を抜けたいと思っているメンバーは、ここに少なからずいる。

 だが、そうすると、確実な死が待っているだけだ。

 赤い金貨は組織を抜ける者を、決して許しはしない。

 赤い金貨の情報網は世界のいたるところに張り巡らされている。

 なにせ、各国の政治家や警察の大物や、果ては某国の大統領まで、赤い金貨のメンバーだからだ。

 だから、いったん組織に入ってしまった人間は、死ぬことでしか組織を抜けられない。

 今宵は、各国から選りすぐった二百人のメンバーを集めている。

 武器も、銃器だけではなく、RPG7や迫撃砲まで備えている。

 喫茶カレンの周りの家が吹っ飛ぼうが、どれだけ関係のない住人を巻き添えにしようがいい覚悟でいる。

 組織の本部のある中国へ帰ってしまえば、弱腰の日本政府には手の出しようがないのだ。

 ただ、機密情報を仕込んだ猫だけは確保せねばならない。

 その猫は、無情にも喫茶カレンへと逃げていった。

 もしかしたら、猫はそこが一番安全な場所だと、本能で察知したのかもしれない。

 それは昨日のことだ。

 だから、至急本部に連絡し、応援を頼んだのだ。

 みんなが談笑しているとき、「マンチカンじゃねえか」と木島が叫んだ。

 みなが一斉に、木島の視線を追う。

 どこから出てきたのか、猫がとことこと歩いてきて、みんなの中に混じった。

「にゃー」

 可愛い声で鳴く。

「まさか、今年も」

 木島が呟く。

「おいおい、勘弁してくれよ」 

 その声に釣られて、善次郎が嘆く。

「今年も、猫が利用されているのか」

 善次郎の声は、怒りと悲嘆に満ちている。

「やっぱり、そこ」

 カレンが、笑いながらツッコミを入れる。

「当たり前だろ。たんに紛れ込んだだけかもしれないけど、三年もあんなことが続くと、偶然とは思えないよ」

「そうだな」

 善次郎の言葉に、木島が続く。

 みんなも、うんうんとうなづいている。

「なにか知ってる?」

 カレンがターニャに目を向ける。

「あなたこそ、どうなの?」

 カレンが首を振る。

「まったく、進歩のねえ奴らだぜ」

「まだ、そうと決まったわけやあらへんやろ」

 木島の言葉を、健一が笑いで吹き飛ばした。

「事が起きるまではわからんわけやし、今怒ってみてもしゃあないやん。またあいつらやったら、もうすぐ奪い返しに来るやろ。それまでは楽しもうや」

「そうね、健の言う通りね。みんな、楽しみましょ」

 麗が、グラスを掲げた。

 初めて参加する多田野も今池も恐れる様子はなく、笑顔でグラスを掲げた。

「相変わらずだけど、まったく、この連中ときたら」

 カレンが陽気に乾杯している連中を見ながら、ため息をついた。

「だけど、嬉しそうね」

 ターニャが何を思ったのか、カレンにシャンパンの入ったグラスを差し出してくる。それを素直に受け取りながら、「あなたもね」とカレンが返す。

「私は、これまで、人を信じたことはなかった。そして、日本人という民族を軽蔑しきっていた。だけど、この人達を見ていると、日本人という民族を見直さなくてはいけないし、この人達は信じれると思う」

「あんたが、そんなことを言うとはね」

 カレンの顔が、驚きに満ちている。

「まあ、私も、同じ気持ちだけどね。まさか、悟以外に、こんな日本人がいるとはね」

 悟はにこにこした顔で、二人の会話を聞いている。

「こんな奴らが大勢いたら、日本も安泰なんだが」

「まあ、無理だろうな」

 桜井のつぶやきに、安藤が答える。

「世界中を探したって、こんな人達はいないな。よくも、まあ、こんな連中が集まったもんだと思うよ」

「違いねえ。猫のために、命を賭けれるなんてよ。そんな人間は、滅多にいないよな」

「猫だけではなく、愛する者や、親しい者のためにも、命を賭けれると思うね」

「それも、違いねえ。なあ、安藤よ」

 桜井が、安藤の肩に手をかけた。

「この人達を、なにがあっても守らなきゃな」

 もちろんだというように、安藤がうなづいてみせる。

「ターニャ」

 カレンが囁くような声で言う。

 ターニャがカレンに視線を向ける。

 カレンがターニャに目配せをして、みなに気取られぬよう歩き出した。

 悟とターニャが後に続く。

「おい」

 安藤と会話をしながらもカレンの行動を注意深く見ていた桜井が、安藤に声をかけた。

「ああ」

 安藤も、カレンとターニャの様子は窺っていた。

 二人が、そっと三人の後に続いた。

 カレンは、厨房の中でひと際大きな冷蔵庫の取っ手の裏のボタンを押した。

 冷蔵庫が静かに横にずれて、冷蔵庫があった床には地下へと続く穴が開いていた。

「ふん、凝った仕掛けね」

 ターニャが、冷ややかに言う。

「こんな仕掛けがしてあったんか」

 対照的に、悟の声は弾んでいる。

「言うてくれたらええのに」

 少し恨めし気な目で、カレンを見る。

「美女には、謎が付きものなのよ」

「また、それか」

 悟が天を仰ぐ。

 桜井と安藤は、黙ってその光景を見ていた。

 カレンを先頭に、五人は地下室へと降りていった。

 地下室には何台ものモニターが壁に設置してあり、どれも違う景色を映し出している。

「これは…」

「そう、私達を見張っていた組織のアジトの中よ」

 悟の言葉に、カレンが笑って答える。

「いつの間に、カメラを仕掛けたんや?」

「いつだって出来るわよ」

 平然と、カレンが答える。

「まったく、油断も隙もねえな」

 驚いているのか、感心しているのか、桜井の口調はどちらとも取れた

「いるいる」

 それには答えもせず、カレンが嬉しそうな声をだした。

 モニターには、RPGや軽機関銃で武装した赤い金貨の戦闘員が映っている。

 カレンがなにやら操作して、各モニターにそれぞれの建物の中をすべて映し出した。

「どれだけ設置してあるんや」

 悟が呆れた声を出す。

「まったく、食えない女ね」

 ターニャも呆れ気味だ。

「まだまだよ」

 カレンは、またなにやら操作した。

 モニターが、喫茶カレンの周辺を映し出す。

 この家の周りにも、重武装した百人ほどの戦闘員が取り囲んでいる。

「まるで、戦争だな。こんなところで、あんなものをぶっ放したりしたら、周りの住民がどれだけ犠牲になると思ってる」

 桜井がモニターを見ながら、怒りの声を出した。

「あの猫に仕掛けられた物が、よほど大切なんでしょうね。それを奪い返すには、民間人を何人殺したって平気なんでしょ」

 ターニャは冷静だ。

「それに、これまでの借りを返したいのかもね」

 カレンがすました顔で言う。

「おまえ、これを知っていたのか」

「知るわけないじゃない」

 詰め寄る桜井を、あっさりとカレンは退けた。

「こんな面白いことがあるとわかってたら、あんた達なんて呼ばないわよ」

 この言葉には説得力があった。

 カレンなら、一人でこれだけの武装した連中を相手にしても勝てるだろう。

 もしかしたら、物足りないかもしれない。

 せっかくの遊び相手を、ターニャや桜井に取られたくないはずだ。

 ターニャも桜井も、納得するしかなかった。

「本当は楽しみたいけど、罪のない人達を犠牲にするのは忍びないわね」

 カレンも、随分人間に近づいたようだ。

 以前のカレンなら、住民の犠牲など厭わず、自分の楽しみを優先していただろう。

 カレンのこの言葉に、みんなはカレンがなにをするか読めた。

「カメラを仕掛けるくらだから、当然ね」

 ターニャが冷ややかに言う。

「まあ、仕方ないか。住人の命には代えられんからな」

 桜井は、渋い顔をしながも納得するしかなかった。

「そうだな」

 安藤も同様のようだ。

「今度生まれてくる時は、民間人として生まれてくるんやで」

 どこかで聴いたセリフを、悟が呟く。

「あなたみたいな民間人もいるけどね」

 カレンが悟に微笑みかける。

 そして、カレンがあるボタンを押した。

 赤い金貨の戦闘員が待機している家々が吹っ飛び、紅蓮の炎に包まれた。

 その時には、もう五人は建物を飛び出して外へ出ていた。

 手に手に、地下室にあった武器を選んで握っている。

 住人の命が懸かっているので、これまでのような生温い戦いはしておれない。

 燃え盛る家を呆気に取られて見ている戦闘員の後ろから、悟を除く四人が銃弾を浴びせた。

 主に、RPGや迫撃砲を持った戦闘員に的を絞っている。

 これで、外の戦闘員も六十人ほどになった。

「ここからは、楽しむわよ」

 カレンが銃を捨てた。

 その時、ターニャが驚きの声をあげた、

「あなた達」

 見ると、中に居た連中がみんな外に出ていた。

「危ないから、中にいてください」

 安藤が、声を荒げる。

「そんなわけにはいかねえよ」

 木島の言葉に、みんながうんうんとうなづく。

「カレンは、俺たちの大切な仲間やからな。その家を、壊させるわけにはいかへん」

 健一の言葉にも、みんながうんうんとうなづく。

「俺は、年に一回しか会わないけど、カレンさんやターニャさんをとても大切な仲間だと思っています。こういっては、お二方には失礼かもしれませんが」

 洋二が、はにかみながら言う。

 これにも、みんながうんうんとうなづく。

 カレンとターニャが、顔を見合わせた。

 カレンには悟という大切な存在ができたが、ターニャは今でも一匹狼だ。

 その生い立ちから、誰をも信用せず生きてきた。

 仲間や友達なんて言葉は、反吐が出るほど嫌いだった。

 しかし、今は違う。

 自分が、こんなにも暖かい気持ちに包まれるなんて。

「バッカじゃない」

「ほんと、馬鹿ね」

 カレンとターニャは、涙をそんな言葉でごまかした。

 これまで、なにがあっても涙なんて流したことのない二人だったが、みんなのこの態度と言葉には、不覚にも涙が出そうになっていたのだ。

「猫のためには、馬鹿になれるさ。それに、大切な仲間のためにもね」

 善次郎の言葉に、またもやみんながうなづく。

 日本も、まだまだ大丈夫かもな。

 桜井は、この連中を見ていて、頼もしく思った。

 みんなの気持ちに、カレンとターニャ、それに桜井の闘志に火が点く。

 安藤も同様だ。

「美千代、今年も頼むぞ」

 善次郎が、マンチカンを美千代に預ける。

「まかせといて」

 美千代が即座に返事をして、善次郎の手からマンチカンを受け取った。

「いいな、こんな関係」

 洋二の父親がしみじみと呟いて、手にしたグラスを呷った。

「初めてですけど、なんだかわくわくしますね」

 多田野が言うと、「俺もだよ」と、今池が嬉しそうな顔をした。

 初めて木島を見た時は完全にぶるっていた二人も、立派に変わったものだ。

 自立した人間とは、こうなのかもしれない。

「新さん、頑張って」

 千飛鳥の声に押されて、新八も渋々と前に出てきた。

 みんなの戦闘力は知っているので、カレンもターニャも桜井も、もう止めようとはしない。

 カレンが、敵の中に鞭を持って躍り込んでいく。

 ターニャと桜井と安藤も、負けじと続く。

 後は、乱闘だ。

 四人の戦闘から抜け出した赤い金貨の連中がマンチカンを奪い返そうと健一達へ襲い掛かったが、健一を始め洋二も真も奮闘した。

 木島や善次郎や古川や敏夫も負けてはいない。

 ただ、新八だけがブルっている。

 それでも、後ろには下がろうとしないで、大地に足を踏ん張っている。

 新八よ、成長したな。

 赤い金貨の戦闘員と格闘しながら、そんな新八をちら見して、健一は嬉しく思った。

「こないでください~」

 去年と同じような声、そして、去年と同じように、目をつぶって突き出した新八の拳が顎に当たって、赤い金貨の戦闘員が倒れた。

「新さん、恰好いい~」

 千飛里の絶叫が、戦闘の音を凌駕して木霊する。

「まぐれであそこまで褒められるなんて、羨ましい限りですね」

「本当だな」

 真と洋二の会話も、去年と同じだ。

 こうして、今年も赤い金貨の大惨敗に終わった。

「お疲れ様」

 麗が健一の腕に、自分の腕を絡めてくる。

「田上君、今年も頑張ったわね」

「素敵でしたよ」

 涼子と良恵の言葉に、新八が千飛里の膝で泣き崩れた。

「こいつは、成長してるのやら、しておらんのやら」

 健一がため息をつく。

「あら、人のことは言えないんじゃない」

 涼子の反論に、「涼子さんの言う通りね」と同調する麗の声。

 健一が、がっくりとうなだれた。

「こんな楽しい正月を過ごしたのは初めです。ありがとうございます、社長」

「俺もです」

 多田野と今池の言葉に、洋二は絶対に会社は安泰だと思った。

 洋二の父親も、目を細めて多田野と今池を見ている。

「お父さん、今日も恰好よかったよ」

 洋平の労いに、善次郎が相好を崩す。

 浩太と由香利も、父親の敏夫を労っている。

「今年も、いい年になりそうだね、まこちゃん」

「きっとなるさ」

 真と実桜が肩を寄せ合う。

「これは、どちらに渡したらいい?」

 善次郎がマンチカンを抱きながら、ターニャと桜井の顔を交互に見る。

「あんたが、受け取ってくれ」

「なぜ?」

「日本では、赤い金貨の秘密を知ったところで有効な手は打てんだろう。あんたなら、国や組織は関係なく思い通りに暴れてくれると思うからさ」

「一枚、乗るわよ」

 二人の会話に、カレンが入る。

「楽しめそうなことがあったら、声をかけるわ」

 ターニャが、カレンに目を向ける。

「期待してるわ」

 カレンも、ターニャの目を見返す。

「さあ、後は桜井さんと安藤さんに任せて、続きをやろうや」

 健一が、陽気な声をあげた。

「オー!!」

 みんなが唱和する。

「まったく、この連中ときたら」

 カレンの言葉に同調するように、ターニャが暖かい笑みを浮かべた。

「ま、楽しみましょ」

 カレンが悟の腕を取って、店の中へと足を向けた。

「今年も貧乏くじかよ」

「仕方ないな、俺達の仕事なんだから」

 桜井の嘆きを、安藤が打ち消した。

「そうだな、さっさと済ませて、俺達も早く戻ろうや」

「ああ、そうしよう」

 桜井と安藤は、無数に駆け付けたパトカーの方へ足を踏み出した。

 

 

出演

 

-絆・猫が変えてくれた人生-

 善次郎     

 美千代     

 洋平 

 

-プリティドール-

 カレン・ハート  ターニャ・キンスキー

 杉村 悟      桜井 健吾

 劉(友情出演)

 赤い金貨の戦闘員たち

 

-恋と夜景とお芝居と-

 秋月 健一     秋月 麗

 香山 涼子     夢咲 千飛里

 生田 良恵     紅 瑞輝

 田上 新八     吉野 春香

 

-真実の恋-

 日向 真

 実桜

 

-心ほぐします-

 杉田 敏夫     

 杉田 里美     

 杉田 浩太

 杉田 由香利

清水 早苗

綾乃(特別出演)

 

-夜明けを呼ぶ猫-

 平野 洋二     木島

 平野 ひとみ    文江

 平野洋二の両親   古川

多田野       安藤

 今池

 

脚本・監督

 冬月やまと     

 

2021年新春夢のオールスター・マンチカンの秘密制作委員会

 

 

「今年も、私の出番はなかったようね」

 綾乃の声は、どこか寂しそうでもあり、嬉しそうでもあった。