「今日は、ほんとうにありがとう、うちの我侭に付き合ってくれて。とても楽しかった。こんなに楽しい一日を過ごしたのは初めてよ」

 静寂を破って、麗が口を開いた。

 視線は海に向けたままだ。

「楽しかったんは、俺も一緒や。俺の方こそ、礼を言いたいわ」

「よかった。健がどう思ってるのか心配だったの。つまらなかったらどうしようって」

 健一は返事の代わりに、膝に置いている麗の手に、自分の手を重ねた。

 麗が、弾かれたように健一を見る。

 そのまま、二人の視線が絡み合う。

 自然な仕草で、麗が瞳を閉じた。

 その自然さが、健一からためらいを取り払った。

 両手で優しく麗の頬を包むと、そのまま唇を重ねる。

 麗の両腕が健一の背中に回り、その腕に強い力が込められた。

 どれくらい、そうしていただろう。

 やがて唇を離した健一は、麗の瞳から一滴の雫が流れ落ちるのを見た。

 健一が両の親指で、麗の涙を拭う。

 そして、再び両手で、優しく麗の頬を包んだ。

 健一の手に、麗が手を重ねてくる。

 それから、そっと健一の右手を離すと、その手を、愛おしそうに両手で包み込んだ。

「ごめんなさい、泣いたりして。凄く嬉しかったの。人って、嬉しいときでも涙が出るって、ほんまなんやね」

 麗の言葉に健一の涙腺も緩みかけたが、何とか堪えて麗の肩を優しく抱き、自分に引き寄せた。

 健一に引き寄せられるまま、麗が健一の肩に頭をもたせかけた。

「わたしね、初めて健と出会ったときから、こうなることを望んでいたような気がするの」

 甘えた声を出しながら、麗は肩を抱いた健一の手に自分の手を重ねた。