「兄ちゃんよ、俺が誰だかわかってのか。俺はな、平野組の若頭だ。俺が命令すりゃ、おまえをコンクリート詰めにして東京湾に沈めることなんか、簡単にできるんだぜ。うちにはよ、血気に逸った若えもんがいくらでもいるからな」
元ヤクザの木島さんにすれば、こんな台詞を吐くのは手慣れたものだ。
実に、堂にいっている。
傍から聞いていれば、間違いなく本物のヤクザだと思うだろう。
「待ってくださいよ。俺は、ただ…」
俺は、せいぜい情けない声を出した。
「うるせえんだよ」
みなまで言わさず、木島さんがパンチをくれる真似をした。
俺は後ろへ吹っ飛んでみせた。
俺が転がった先に、男の膝頭があった。
どうやら、男は腰を抜かしたらしい。
「た、助けて」
俺は男に手を伸ばし、助けを求めた。
「ヒ、ヒィ~」
男が、膝をがくがく震わせながら、声にならない叫びを上げる。
俺の襟首が掴まれ、無理やり引き摺り起こされた。
「てめえ、これくらいで済むと思うな。俺の女に付きまとった罪は重いぜ。一生、後悔させてやらあ」
何発か殴られる振りをしながら、顔を右に左に振る。
止めの一発は、本気で殴られた。
臨場感を出すために、俺が頼んでおいたのだ。
「洋ちゃん、昨日も殴られたばかりだろ。それに、洋ちゃんに手を上げるなんて、俺にはできねえよ」
そう言って渋っていた木島さんだったが、やけに気合いの入った一発だった。
俺は、演技ではなく吹っ飛んで、男の身体にぶつかった。
男が、俺の顔を見る。
俺の顔は昨日殴られた痣で、随分ぼこぼこにされたように見えたはずだ。
それにしても、今の一発は堪えた。頭がくらくらしている。
「もう、しません」
男が、突然叫んだ。