2020年元日の夜。

 梅田の茶屋町にある、とあるレストランを借り切って、三十名近くが集まり新年会が開かれていた。

 そのパーティが開始されたのは、夜の十一時を回ってからだ。

 これには理由がある。

 このパーティの参加者の一部である四人が、劇団イシスの主要メンバーなのだ。

 最初の頃は売れなかったイシスも、今ではチケットが発売と同時に即完売するほどの人気があり、元旦も昼と夜の二回公演していた。舞台は、大阪では有名な劇場飛天。

 イシスも、こんな劇場で正月に公演するまでの劇団になっていた。

 団長の千飛里の、宝塚に追いつけ追い越せという異常なまでの執念が、ここまでにしたともいえる。また、それを補佐する瑞輝の力も欠かせないし、一番の花形である麗の存在なくしてはありえない。近頃は、春香もめきめきと演技が上達し、麗に次ぐ人気者となっている。

 千飛里、瑞輝、麗、春香。この四人がイシスの四天王と呼ばれており、四人の結束は固い。

 飛天の近所にこのレストランはあり、レストランのオーナーが後援会長を務めるほど、大のイシスファンだった。

 そういうわけで、夜の公演が終えたあとの新年会となり、この時間になったのである。そしてオーナーの好意で、このレストランを借り切ることになった。

 そうでなければ、いくらイシスが有名でも、元旦のこの時間から借りれる店はない。

 オーナーは、複数の知り合いのケータリング業者に頼み込んで、それはもう贅沢な料理をわんさか並べている。

 そこまでするくらいだから、この新年会に参加する面々は、イシスにとってよほど大切な人々である。しかし、スポンサーでもなければファンでもない。中には年に一度しか会わない者もいるが、みんな私生活の上での大切な人々なのだ。

「今日は、盛大ですね」

 会場に集う顔を見回しながら、良恵が嬉しそうな顔をする。

「そうやな、どうせ、去年や一昨年のように事件に巻き込まれて、みんなで飲みにいくようになるやろうから、最初から集めとけばええんちゃうかと思うてな。俺の発案や」

 得意げな顔をしてみせる健一に、涼子のきつい一言が飛んで来た。

「なに、得意げに言ってるのよ。それにね、そうそう事件に巻き込まれるわけがないじゃない。去年と一昨年は、ほんの偶然よ」

「そうかな、俺には偶然とは思えんけどな。ま、今日はこうやって集まってるから、大丈夫やと思うけどな」

 またもや得意顔をする健一に、涼子は肩をすくめてみせた。

「どう、新八君。千飛里さんとの新婚生活は」

 麗が新八にシャンパンのグラスを渡しながら訊く。

「どうって…」

 なぜか千飛里に気に入られた新八は、交際期間もなにもなく、半ば無理矢理に千飛里に籍を入れさせられてしまった。

「まったく、新八のどこが気に入ったんやら」

 健一がぼやくのも無理はない。

 イシスの団長である千飛里は、宝塚歌劇団を受けるくらいだから、容姿こそ人に勝っているものの、性格はいたってきつい。

 反面、新八は親の願いも虚しく、名前倒れで、優柔不断で気が弱い。

「そんなことを言っちゃ駄目ですよ。蓼食う虫も好き好きって言うじゃありませんか」

「まあ、彼女も変わってるからね」

 春香の言葉に、瑞輝が追い打ちをかけた。

「ところで、健一はどうなの」

「順調や」

 涼子の問いに、健一が素っ気なく答える。

「まあ、麗さんだものね」

「おい、それはどういう意味や」

「麗さんは出来た女性だってことよ」

「そんな言い方したら、俺がまるで出来てへん人間みたいやないか」

「あら、出来てると、自分で思ってるの?」

「酷いなあ」

 二人のやり取りに、イシスのみんなが笑った。

「それにしても秋月さん、奥さまがこんな売れっ子で、大変なんじゃありません?」

 良恵が、ここぞとばかりに訊いてくる。

「別に」

 健一の答えは素っ気ない。

「健はね、そんなことをまったく気にしないのよ。私がどれだけ有名になろうと、出会った頃と同じ扱いをしてくれてるわ」

 麗が、なんともいえぬ笑顔で言う。

「うっわ~ 素敵」

 良恵が目を輝かす。

「まあ、健一だからね」

 そういう涼子も、優しい目で健一を見ている。

「ところで涼子さん、まだいい人は現れないの?」

「あなたに取られちゃったからね」

 麗の問い掛けに涼子がそう返したが、二人に険悪な雰囲気など微塵もなく、お互い顔を見て笑い合った。

 健一だけが、困った顔をしている。

「こんな素敵な新年会に呼んでもらえて光栄です」

 美しい声が、健一を救った。

 実桜が、真の肘に腕を絡めて立っている。

「ほんとうに、お礼の言葉もありません」

 真が頭を下げる。

「なに、言ってるんだい。もうあんた達は、私らの仲間なんだよ」

 千飛里が、笑って二人の肩を叩いた。

「よう、善ちゃん、元気かい」

 木島が、善次郎とグラスを合わせる。

「活と夏も元気でやってるか」

「ああ、元気だよ。あんたも、文江さんとは仲良くやってるのか」

 善次郎がそう返しながら、たんぽぽ荘の面々と談笑している文江を見た。

 今ではたんぽぽ荘は老朽化のため取り壊されたが、洋二が父親の跡を立派に継いでぐんぐんと会社を成長させ、儲けた金でアパートを建てた。

 そのアパートは洒落たものではなく、元のたんぽぽ荘のような作りだった。違いといえば、たんぽぽ荘は一間だったが、今のアパートは二間ということくらいだ。そこに、たんぽぽ荘の住人はみんな住んでいる。

 洋二がそんなアパートを建てたのも、たんぽぽ荘の住人に意見を聴いたからだ。

「ああ、仲良くやってるぜ。これも、洋ちゃんとひとみさんのおかげだよ」

 木島も、たんぽぽ荘の住人達を見ながら答える。

「俺たち、人に恵まれてるよな」

「まったくだ」

 そんな会話を交わしている善次郎と木島の間に、敏夫が割って入った。

「また会えてよかったよ」

敏夫は、随分とご機嫌な様子だ。

「こちらこそ、あんたの顔が見れて嬉しいよ」

 善次郎が返す。

「で、家族は大丈夫か」

「ああ、綾乃さんのおかげで、今では里美とは完全に昔を取り戻したし、浩太と由香里とも仲良くやっている」

「それはなによりだ」

 善次郎が嬉しそうな顔をする。

「あんたのとこだって、そうだろ」

「うん、美千代と洋平とは、うまくやってるさ」

「私が、どうしたって?」

 美千代が赤い顔をして近寄ってきた。

「なあに、夫婦仲がうまくいってるという話さ。お互いにな」

「そうね、これも、活となっちゃんのおかげね」

「そうだな」

 善次郎がそう答えて、美千代の肩を抱いた。

「いいな、こんな新年会」

 洋二の父親が、みんなの楽しそうな様子を見渡しながら、しみじみと呟いた。

「癌を克服してよかったわね」

 母親が優しくそう言って、旦那の手を握る。

「まったくだ」

 その手を強く握り返しながら、父親は感慨深げに言った。

「お義父さんもお義母さんも、長生きしてくださいね」

 ひとみが、二人にシャンパンの入ったグラスを差し出した。

「おう、孫の顔を見るまで死ねねえからな。で、いつ出来るんだい」

「なに言ってるんだ、親父」

 洋二が、たんぽぽ荘の住人との話を打ち切って、ツッコミを入れてきた。

「なにをって、本当のことを言ってるんだよ。俺はな、早く孫の顔が見てえんだよ」

「まったく、困った親父だぜ」

 顔を赤らめるひとみを一度見てから、洋二がため息をついた。

 店内のいたるところで、みんな陽気にわいわい騒いでいる。

 そんな中で、異質な人物が何人かいた。

「まさか、あなたと、戦闘以外で顔を合わせるとはね」

 カレンがワイングラスを片手に、ある女性に顔をしかめてみせた。

「それは、こちらのセリフ」

 ターニャもワイングラス片手に、カレンに鋭い笑みを向ける。

 なんと、世界の三凶と呼ばれているうちの二人が、ただの民間人が主催する新年会に参加していたのだ。

 そして、その二人以外にも、以外な人物がいた。

 公安の切り札である、桜井である。

 呉越同舟とでもいうのだろうか、三者とも敵対する間柄でありながら、この会に参加しているのだ。

 裏の世界で恐れられている二人に、公安の切り札。

 思えば、とんでもない新年会である。

「あなたは、誰から連絡をもらったの?」

 カレンが、ターニャに険しい目を向けた。

「俺も、それが知りたかったんだ」

 桜井も、ターニャに怪訝な目を向ける。

 カレンは、去年と一昨年の事件でイシスの連中と繋がりができ、イシスはカレンの了承を得て、カレンのことを舞台にした。

 悟のアドバイスもあって、その舞台は大ヒットした。

 カレンも、その舞台を見た。

 麗が演じるカレンを、カレン本人はいたく気に入った。

 それ以来、麗とカレンは親しくしている。

 悟以外には人を信用しないし、滅多に人を認めもしないカレンにしては珍しいことだ。

 麗の旦那である健一も、カレンと悟とは気が合った。

 そんなわけで、麗と健一は、カレンと悟が営業する喫茶店に月に一度は訪れている。

 麗と健一だけではなく、カレンは二度に渡る事件以来、ここにいる連中すべてが、自分と同じ匂いを持っていることを感じ取っていた。

 馬鹿にしきっていた日本人に、悟以外にもこんな人間がいたとは、カレンにとって新鮮な驚きだった。だから、この新年会にも参加したのだ。この連中といると、なぜかカレンは心地よい気分になれる。

 桜井はというと、安藤と警察学校の同期で、去年の事件のとき共に戦った。そして、ここにいる連中の度胸というか、馬鹿さ加減に舌を巻いたものだ。

 で、安藤に誘われて、この会に参加していた。

 ここにいる連中に興味を持っていた桜井は、安藤の誘いを快諾した

 だが、ターニャは違う。

 ターニャは、ロシアの優秀なスパイだ。それも、気密性の高い組織に属している。

 そんなターニャが、二年連続この連中と関わったとしても、誰にも連絡先など教えるはずがない。

 二人が、ここにターニャがいる理由を知りたがるのも当然であろう。

「誰からも、もらっていないわよ」

 ターニャが、薄い笑みを顔に貼り付けせて答える。

 エンジェル・スマイル。

 ターニャの異名だ。

 天使のような微笑を浮かべながら、平然と人を殺すことから付けられた。

 だが、そのスマイルを見た者で生きている者はいないから、あくまでも噂だ。

 ただ一人、それが噂でないのを知っている人間がいる。

 それが、カレンだ。

 プリティドール。

 カレンも、誰もが守ってあげたくなるような、可憐な少女のような美貌を持つことから、そんなあだ名を付けられている。

 しかし、二人共、見た目とあだ名からは想像もつかぬくらいの殺人兵器だ。

 ターニャの答えに、カレンの目がキラリと光った。

「ということは」

「そういうこと」

 カレンの口角が上る。

 それを見て、悟が天を仰いだ。

「おいおい、正月そうそう、また赤い金貨がなにかやらかそうってのか」

 桜井が、うんざりした顔をする。

「桜井さん、そんなことを嘆いても仕方ないやろ。大体、この二人が揃うと、ロクなことがあらへんのやから」

「そうだな」 

 桜井が、諦めきった口調で答えた。

「誰が、疫病神よ」

 悟の言葉を聴き咎めたカレンが、悟を睨む。

「自分や。まったく、自覚がないって怖いわ」

 カレンにこんなことを言えるのは、悟だけだ。

 悟以外の人間がこんなことを言おうものなら、言った途端この世とはおさらばしている。

「相変わらずね」

 ターニャも、悟には甘い。

 悟の人柄というより、悟の底知れぬ得体の知れなさに、一種畏怖の念を抱いているのだ。

「仕方ねえな。ま、事が始まるまで、楽しむとするか」

 桜井が、手に持っているグラスの酒を飲み干す。

「ターニャさん」

 その時、麗の声がした。

 カレンに話し掛けようとして近づいたとき、ターニャの存在に気付いたのだ。

 麗の声に、みんなが一斉にターニャを見る。

「あら、覚えていてくれたの。光栄ね」

 ターニャが、平然と応える。

「お久しぶりです」

 麗が丁寧にお辞儀をすると、みんなが寄ってきて、口々にターニャに挨拶をした。

 二年連続の事件で、ターニャの恐ろしさを知っていながら、みんな怖気づいた様子など微塵もなく、十年の知己に会ったように、親しみがこもっていた。

 この連中を見ていると、ターニャも日本人という民族を見直さざるを得ない。

 この連中に会うまでは、ターニャもカレン同様、日本人というものを軽蔑しきっていた。

 国際情勢に疎く、事なかれ主義。見せかけの平和に溺れ、世界でなにが起こっているかなんてことにはまったく無関心で、自分の心配ばかりをしている。

 そんな民族を、ターニャは反吐が出るほど嫌いだった。

 唯一の例外は、悟と桜井だけだった。

 だが、ここにいる連中は、同じ馬鹿でも次元が違う。

 腹が座っているのか、とことん馬鹿なのか、これまでターニャが見てきた日本人とは人種が違っていた。男女問わず、いざとなれば命を捨てれる者ばかりなのだ。

 そして、自分の命より、一匹の猫の命のほうを大事にする。日本人でなくても、世界中を探しても、こんな人間は滅多にいない。

 それが、ここにいる連中みんながそうなのだから、いかなターニャでも、日本人という民族に対して、認識を改めても不思議ではない。

「あなたた達も、相変わらずのようね」

 珍しく、ターニャが苦笑する。

「ターニャさんがここにいるということは、またなんか事件が起こりそうやな」

 健一の、鋭い指摘。

「まったくよう、今年は平和に過ごせると思ったんだがよ」

 木島がため息をつく。

「これで、また脚本が書けるかも」

 千飛里が暢気なことを言っている。

「もしかしたらと思って、今日は拳銃を持ってきてよかった」

 安藤が、腰に手をやる。

「あんた、いい勘してるね」

 古川の言葉に、安藤が笑って答えた。

「まあね、転ばぬ先の杖っていうやつですよ」

「ま、心配しててもしゃあないわ、なるようになるやろ。みんな、楽しもうぜ」

 健一の言葉に、みんなが歓声をあげた。

「まったく、この人達の精神構造はどうなってるの」

 さすがのターニャも呆れて、カレンを見た。

「さあね、ま、陽気でいいんじゃない」

 カレンは、これから先に起こることを想像して、嬉しくてたまらない様子だ。

「やれやれ」

 ため息をつきながらも桜井は、こんな連中が日本にいることを頼もしく思っていた。まだまだ、日本は捨てたものではないと。

 ただ一人、真っ青な顔をして震えている者がいる。

「田上君、洋平君や浩太君、それに由香利ちゃんも怯えてはいないのよ。いい大人が、なにを震えているのよ」

 新八が、きつい口調で良恵にたしなめられた。

「まったく、おまえって奴は。大丈夫や、いざとなったら千飛里さんが守ってくれるわ」

「ませといて」

 健一の言葉に、すかさず千飛里が答える。

「もしかしたら、また綾乃さんが出てきてくれるかもよ」

 涼子が、半ばからかいの口調で言う。

「みんな、酷いです」

 泣きそうになる新八の肩を、健一がバンバンと強く叩いた。

「そう思うんやったら、もっと強うなれや」

 二度も事件に巻き込まれているので、みんなこれから起こることがどんなことかわかっている。決して、楽観視はしていない。それでも、平然としている姿を見て、ターニャは空恐ろしさを覚えた。

「しかしよ、猫が絡んでなかったら、俺は逃げるよ。今は、大切な女房もいることだしよ」

「大切だなんて、そんな」

 木島の言葉に、文江が照れた。

「俺も、そうするよ。家族が大事だからな」

 善次郎も同意する。

「そうですね、家族と自分の身が大事ですからね」

「そうそう」

 洋二の言葉に、みんなが口を揃える。

 そのとき、どこからか「にゃ~」という鳴き声が聞こえてきた。

 声の方向を見ると、どこから入ってきたのか、厨房からまだ仔猫と思しき三毛猫が歩いてきた。

「これは、今年も命を懸けることになりそうだな」

「そうだな」

「仕方ねえな」

 三毛猫を見た瞬間、みんな逃げることを諦めた。

「まったく、進歩のねえ奴らだぜ」

 木島が、吐き捨てるように言う。

「ほんまやな」

「ですね」

 そんな会話が交わされているとき、入口のドアが蹴破られた。

 荒々しい足音と共に、大勢の黒スーツの屈強な男達が店に雪崩込んできた。手に手に拳銃を握っている。

 善次郎はその姿を見るや素早く三毛猫を抱き上げて、美千代に預けた。

 みんな訓練されたかのごとく素早く店の隅に移動し、女子供を守るように、男達が周りを固める。

 カレンとターニャ、それに桜井と安藤はその場を動かずに、雪崩込んでくる黒スーツの男達を見ている。

 もう一人いた。悟も、カレンの横に突っ立っている。

「たった二度の経験でこんなに機敏に動けるなんて、みんな普通じゃないわね」

 呆れたような目で、隅に移動した面々をターニャがちらりと見た。

「ま、私が仲良くするくらいだからね」

「それは、みんなに失礼やろ」

 カレンの言葉に、すかさず悟がツッコミを入れる。

 黒スーツの集団はというと、カレンとターニャを見て、動きが止まっている。

「きさまら、毎年毎年猫に機密情報を仕込みやがって。猫をなんだと思ってるんだ」

 声を荒げたのは、善次郎だ。

 善次郎の声に、みんながうんうんとうなづく。

「ごめんね」

 以外にも。謝ったのはターニャだ。

「今回は、私の国が悪いのよ。重要な機密を運ぶために、たまたま見つけた野良の仔猫を使っちゃって。もちろん、そいつにはそれなりの報いを受けてもらったけどね」

「なるほど、それであんたが日本に来ていたんだ。で、こいつらは、それを奪いに来たってとこね」

 カレンが納得した表情でうなづく。

「まったく、新年早々迷惑な話だぜ」

 桜井が、恨めし気な目でターニャを見た。

「まさか、あなた達を巻き込むとは思わなかったけど」

 ターニャはどこか面白そうだ。

 そんなターニャに、カレンが疑わしげな目を向ける。

「どうだかね。ま、今年も少しは楽しめそうだから、許してあげる」  

「別に、あなたに許してもらわなくてもいいわよ」

「じゃ、やる?」

「まあまあ、お二人さん。今は仲間内で争っとる場合やないやろ」

 険悪になりかけた二人を、悟が止めた。

 と、そのとき、健一が驚いた声をあげた。

「おい、新八、どうしたんや」

 なんと新八が、震えてはいるが、健一の隣にいたのだ。

「そ、そう、いつまでも、千飛里さんに守ってもらうわけにはいきませんから、こ、今度は、僕が守らなくちゃ」

「偉いぞ、新八」

 健一が相好を崩して、新八の頭を撫でる。

「おう、新ちゃん、おめえも男になったじゃねえか」

 木島が、新八の肩を叩く。

「田上君、見直したわよ」

 涼子と良恵の声が重なる。

 先頭に立つ黒スーツの男が、うんざりとした顔をした。この男は、去年と一昨年の事件にも関わっている。

 二度も煮え湯を飲まされているので、男の心境としては、出来ることならこのまま引き揚げたいのだが、そんなことをすると組織に粛清されるので、やむなく立ち向かうことにした。

「みんな、やっちまえ」

 男の号令と共に、黒スーツの手にした銃が一斉に火を噴く。

 と思いきや、カレンの鞭の方が早かった。あっさりと、前列の男共の銃を、手から奪い去っていた。

 その間に、ターニャと桜井と安藤が、男共の中に踊り込む。

 こうなると、同士を撃つ可能性があるので、後ろの連中は銃を使えない。

 後は、乱闘だ。

 前列にいた男共は、四人を後ろの連中に任せて、三毛猫を奪おうと健一達に襲いかかる。

 男が目の前に迫ったとき、「こないでください~」と絶叫して、新八が目を瞑って拳を突き出した。その拳が偶然男の顎に当たり、カウンターパンチとなって、男は床に頽れた。

「やるやんけ、新八」

「にいちゃん、上出来だ」

 健一と木島が、口々に褒める。

「新さん」

 千飛里は、新八のことをそう呼んでいる。

「惚れ直したわよ」

 千飛里が新八に抱きつき、何度もキスをする。

「まぐれであそこまで褒められるなんて、羨ましいな」

「まったくですね」

 洋二と真が、相手と格闘しながら、暢気な会話を交わしている。

「美千代、大丈夫か」

 一人の男を殴りながら、善次郎が美千代に声をかける。

「大丈夫よ」

「猫のことだぞ」

「わかってるわよ」

 この夫婦も、少し変わっている。

 戦闘は、ものの数分で終わった。

 今年も、黒スーツの完敗で終わった。

「もう、いないの? つまんない」

「しゃあないやろ、今年は、みんな頑張ってくれたからな。なんと、新八君まで、一人倒したんやで」

「まぐれって、怖いわね」

「それはいいっこなしや」

 当の新新八はというと、一人で格闘したみたいに、肩で息をついている。

「頑張ったな、新八」

 健一の一言に、新八は泣き崩れた。

「よほど、嬉しかったのね」

 涼子が、優しい目で新八を見る。

「これで、少しは男らしくなりますかね」

「それは無理やろ」

 良恵の言葉を、無情にも健一は即座に否定した。

「どこまでいっても、新八は新八や」

 そんな健一に、麗が腕を絡めてきた。

「お疲れさま」

「ほんま、疲れたわ」

 たった今の戦闘が嘘のように、みんな和やかな雰囲気だ。

「あんたに返すよ」

 善次郎が、三毛猫をターニャに渡す。

「ありがとう。この子に負担がかからないように取り出すわ」

「ああ、わかってる。だから、素直に返すんだ」

 ターニャが、優しい微笑で善次郎の言葉に応えた。

「しかし、こんなことが三年連続であるとはね」

 瑞輝が言うと、春香がうなづく。

「ほんと、不思議ですよね」

「この面子が揃うと、ロクでもないな」

「一番ロクでもないのは、あなたでしょ」

 涼子にやり込められて、健一が肩をすくめる。

「やっぱり、涼子さんには勝てませんね」

 新八も、元に戻ったようだ。

「みんな、お詫びにというか、お礼にというか、近くのホテルのスイートを借りてあるから、そこで続きをやりましょう」

 ターニャの提案に、みんなが歓声をあげた。

「用意のいいこと。やっぱり、最初からこうなることを予想してたのね」

「さあね、そんなことはどうだっていいじゃない。あなたは来るの、来ないの」

「行くわよ。もしかしたら、まだ楽しめるかもしれないし」

 カレンが、悟の腕を取った。

「しかたねえな、まだなにがあるかわからないから、俺も付き合うことにするか」

 本部と連絡を終えた桜井が、みんなの後を追う。

 その頃には、店は警官隊で溢れていた。

「僕の分も残しておいてくださいよ。直ぐに行きますから」

 桜井の背中に、安藤が声をかけた。

 桜井が片手を挙げてそれに応えてみせて、店から出て行った。

 

 

出演

 

-絆・猫が変えてくれた人生-

 善次郎     木島

 美千代     

 洋平 

 

-プリティドール-

 カレン・ハート  ターニャ・キンスキー

 杉村悟      桜井健吾

 赤い金貨の戦闘員たち

 

-恋と夜景とお芝居と-

 秋月健一     秋月麗

 香山涼子     夢咲千飛里

 生田良恵     紅瑞輝

 田上新八     吉野春香

 

-真実の恋-

 日向真

 実桜

 

-心ほぐします-

 杉田敏夫     

 杉田里美     

 杉田浩太

 杉田由香利

清水早苗

綾乃(特別出演)

 

-俺とたんぽぽ荘の住人とニャン吉-

 平野洋二     木島

 平野ひとみ    文江

 平野洋二の両親  古川

          安藤

 

脚本・監督

 冬月やまと     

 

 

「今日は、私の出番はなかったようね」

 ホテルに向かうみんなの頭上から、女性の声が聞こえた。

 みんなが立ち止まって空を見る。

「新八さん、強くなったわね。その気持ちをいつまでも忘れずに。ふふ」

「懐かしいな」

 敏夫が、空を見上げたまま呟いた。

「ほんとですね」

 早苗も感慨深げだ。

「綾乃さんね」

 里美が敏夫の腕に、自分の腕を絡めてきた。

「ああ、そうだ。きっと、いつもみんなを見守ってくれてるんだろう」

「ねえ、早く行こうよ」

 由香里が敏夫をの手を取り引っ張ると、浩太は里美の手を取っ手引っ張った。

「みなさん、お幸せに」

 最後の綾乃の声は、みんなには聞こえなかった。

 

 

2020年新春夢のオールスター・三毛猫の秘密制作委員会