悟に礼を言われて、カレンの目が潤んだ。
「何を言ってるのよ、馬鹿ね」
カレンが泣き笑いの顔をする。
「私を庇わなければ、撃たれることもなかったじゃない」
両手で悟の頭を優しく包み、それから胸に抱き締めた。
とても、さっきまで剥しい戦いをしていたようには見えない。
「か弱い女性を守るのは男の務めやろ。まあ、カレンがか弱いかどうかは別にしてな」
カレンの胸から顔を離して、悟がにやりと笑う。
「撃ち殺してやろうか」
カレンが立ち上がり、悟に向かって銃を構えた。
「かんべんしてや。今は、雑誌を入れてへんねんで」
悟が両手を挙げる。
「もう、それくらいで、痴話喧嘩は終わりにしてくれない」
ターニャが、うんざりした口調で遮る。
しかし、内心では悟の行動に舌を巻いていた。
ターニャは桜井と違い、初めて出会った時の悟の行動を知っている。だから、カレンが悟に惚れたことはわからなくもなかった。普通あんな目に遭えば身体が拒否するものだが、悟は躊躇いもなく今回も身を投げだした。そして、命が助かったのはまったくの偶然だというのに、何事もなかったかのように笑っている。
強いだけの男はいくらでも知っている。そんな男でも、銃弾を受け生死の境をさ迷った後は、使いものにならなくなることが多い。
悟のような男は、ターニャの知る限り初めてだ。
頼りなく見える悟のどこに、こんな力が潜んでいるのか不思議だった。
「とにかく、無事でよかったわ。あなたも、無茶なことするわね」
悟が、「ハハハ」と笑いながら頭を掻く。
「あいつが、劉か」
劉の逃げていった窓を見つめながら、桜井が唸った。
「そうみたいね。噂には聞いていたけど、まったくとんでもない奴ね」
ターニャの言うとんでもないとは、劉を認めるものではなく、卑怯者という意味だ。
確かに、劉は強い。しかし、彼が世界の三凶の一人とされているのは、やり方に手段を選ばないからだ。目的を果たすためなら、部下でさえ平気で使い捨てにし、罪もない人々さえ巻き添えにする。たった一人の人間を殺すために、ビルごとふっ飛ばしたこともある。
桜井もその事は知っていたので、ターニャの言葉の意味を悟ってうなづいた。
「あの戦闘員たちは、始めから囮だったのかもしれんな。俺たちを釘付けにしておいて、背後から俺たちを皆殺しにするつもりだったんじゃないか」
「そうかもしれないわね。私たちを殺すためにあれだけの部下を犠牲にするなんて、ある意味恐ろしい奴ね」
この世界では、臆病で卑怯な奴ほど生き残ることができる。へたに男気などを持っていたら、長生きはできない。いいように利用されるか、早死にするかだ。
だから、ターニャは劉のことを認めている。
好き嫌いの問題ではなく、これから戦う相手に余計な感情を持ってしまえば、油断が生じるかもしれないからだ。
「だが、奴はこちらに、こんな強力な武器があるとは思ってもいなかったんだろうな」
「そうね、こんなに早く終結するなんて、誤算だったでしょうね」
「そんなことはどうだっていいわ」
悟の体を入念に調べ終えたカレンが、二人の会話に割って入った。
「あいつは、私の獲物よ。サトルを撃ったお返しは必ずしてやる。手出しをしたら承知しないわよ」
言い方は穏やかだったが、瞳はぞっとするほどの暗い闇に覆い尽くされていた。これは、カレンが本当にキレたことを意味している。
「どうぞ」
ターニャはあっさりしたものだ。
「共倒れになってくれれば、こっちは大助かりよ」
「しかし、お前もいい腕をしてるじゃないか」
カレンとターニャが険悪になりかけたので、逸らすように桜井が話題を変えた。
「まぐれや」
悟が表情も変えずに、平然と答える。
「そうか? 普通、あんな体勢では引鉄を引くことすら難しいのに、相手の銃まで撃ち落すなんて、俺たちにも出来ることじゃないぞ」
「あんときは、外したらカレンに殺されると思うて、必死やったからな」
「カレンが殺されてれば、おまえはカレンに殺されずに済むんだぞ」
「言われてみれば、その通りやな」
言って、悟がしまったという顔をする。
「あら、私が殺されたほうが良かった?」
「ようないから飛び込んだんやないか。俺を殺す前に、カレンを死なすわけにはいかへんからな」
悟の顔が、一転破顔する。