「大事な話って?」
実桜の目の前に、北川の手が突き出された。
その手には、小さな箱が乗っている。
「開けてみて」
北川に言われるままに、実桜は箱を手に取り開けた。
実桜の目が、驚きで大きく見開かれた。
中には三カラットはあろうかという、大きなダイヤがはめ込まれた指輪が入っていた。
「僕と、結婚してくれないか?」
実桜が指輪から目を離し、しげしげと北川の顔を見る。
「わたしたち、付き合ってもいないのよ。それを、結婚だなんて」
実桜の頭に、真の顔が浮かんだ。
これが真だったら、わたしはどう返答するだろう?
しかし、その考えを即座に打ち消した。
考えるだけ無駄だと悟ったのだ。
真が、こんな粋なプロポーズなどするわけがないのだ。
そう思うと、なぜかむかっ腹が立った。
「どうしたの? 突然で怒ってる?」
実桜の顔付が変わったのを見て、北川が心配そうな顔をした。
「ううん」
実桜は首をふった。
「突然で、びっくりしただけ」
実桜が、咄嗟に誤魔化した。
「なら、よかった」
北川が安堵した顔になる。
「で、どう?」
北川が、実桜の顔を覗きこむようにして訊いてくる。
「う~ん、そんな急に言われても」
「そうだよね、悪かった。返事は今日でなくてもいいから、じっくり考えて」
北川の紳士的な態度に、実桜の心が揺れた。しかし、次の北川の言葉に、実桜の心の揺れはぴたりと収まった。
「ただひとつ、僕と結婚するにあたって、条件があるんだ」
また条件か。
実桜はうんざりした。
この間プロポーズしてきた公務員も、キャバクラは辞めて他の仕事に就いてくれ、専業主婦は許さないといった条件を付きつけてきた。
自分が勝手にプロポーズしておいて、なんで条件なんか付けてくるんだろう。
男って、本当に身勝手な生き物だと思った。
「条件っていうのはね」
実桜が返事もしないうちに、北川が切り出した。
「実はね、僕の家は、ある会社を経営しててね、結構大きな会社なんだ。社長はお父さんなんだけど婿養子でね、ママが実権を握ってるんだ」
ゲッ その年齢でママかよ。
実桜の心が一瞬で醒める。が、態度には表さなかった。平静を装い、北川の言葉に耳を傾ける仕草を崩さなかった。
「それでね、家ではママに誰も逆らえないんだ。だから、実桜ちゃんも結婚したら、絶対にママに逆らわないでほしい。ママの言う事は、なんでも聞いてほしいんだ」
実桜は、心底がっかりした。
少しでも心を揺らした自分が愚かにさえ思えてきた。
そんな実桜の気持ちなど忖度しないで、北川が明るく付け足す。
「あっ、もちろん結婚したら同居だからね。ママの作る料理は美味しいんだよ。実桜ちゃんもママに習って、ママの味を覚えてね」
バツ一の理由が、実桜には理解できた。
マザコンの上に、きっとママという人も、息子を溺愛しているに違いない。
「なんで、わたしなんかを選んだの?」
参考までに、実桜は尋ねてみた。
「だって、こんな仕事をしていると、耐えるのには慣れているだろ。それに、実桜ちゃん綺麗だし、胸もおっきいし。ママも、胸はでかいんだよ」
もう綺麗と言われても、なにもときめかなかった。
北川は婚約指輪を無理やり預けようとしたが、実桜はなんとかそれを押し止めた。
「とにかく、次来るまでに考えておいてね」
そう言い残して、北川は陽気に帰っていった。
実桜は泣きたい気持ちになりながら真の顔を思い浮かべ、真に会いたいと、心底思った。