留美の考えていることを察したのか、神人が付け加えた。

「あの時は、十歳にも満たない子供を殺すなんてことが、僕には許せなかったんです。いくら、将来恐ろしい存在になるとわかっててもね。そうならないよう、きちんと育てていけばいいとも思っていたんですよ」

そこで言葉を切り、一度小さく首を振った。

「でも、僕が間違っていた。さっき、僕に責任があると言ったのは、そのことです」

 言い終わる神人の顔を、留美は暫く黙って見つめていた。

彩華と菊川も神人を見つめている。彩華は冷やかに、菊川は面白そうに。

「どうして、神人君が責任を感じるの?」

 ややあって、留美が口を開く。

「彩華は、本気で人類を滅ぼそうとしている。自分の力を最大限利用してね。僕はずっと説得してきたけど、無駄でした」

「彩華さんの念動力はそれほどのものなの? 地球を破壊するほどの」

 神人が驚いた顔をする。

「念動力? 誰が、そんなことを」

「だって菊川さんが、阿球磨家の血筋を引く女性は、大地震を起こすほどの力を持っているって」

 神人が菊川を睨む。

菊川は、笑いながら肩を竦めてみせた。

「確かに、彩華は普通の人間じゃない。でも、化け物なんかじゃなく、人間なんです」

神人が一度彩華を見て、留美に向き直る。

「留美さんは、人間にそんな力があると思いますか?」

「じゃあ、どんな力を持ってるの?」

「催眠術です。いや、暗示と言ったほうが正しいかな。さっき彩華の瞳が妖しく輝きだしたでしょう。あの眼にじっと見つめられると、どんな人間でも彩華の言いなりになってしまうんです。死ねと言われれば、躊躇わずに自ら命も絶ちます。今はまだ、そうなるには少し時間がかかりますが、彩華が覚醒すると、一瞬でも彩華の眼を見ただけで言いなりになってしまうんです。ゴーゴンの眼を見た者が、一瞬で石になるようにね」

 これで、建物の中を薄暗くしている訳がわかった。菊川は、彩華の眼を恐れていたのだ。

 彩華の眼がどれほどの威力を発揮するのか知らないが、多分、暗視ゴーグル越しでは無力になるのだろう。

 菊川は神人を恐れていたのではなく、彩華を恐れていたのだ。

手を結んでいるとはいえ、菊川は彩華も信用してはいない。

 腹違いとはいえ、血の繋がった妹をも信じられない菊川を、留美は哀れに思い、また、ひどく卑小な人間にも思えた。それとも、権力を手中に収めようとする人間は、みんなこんなものなのか。 

 こんな男に騙されるなんて。留美は自分を騙した菊川よりも、そんな人間を信じた自分に腹が立った。

「地震の話は、みんな嘘だったのね」

 留美がきつい眼をして、菊川を睨んだ。

「人間に、そんな力があるわけないだろう。あんな話を信じるなんてな。まったく、あんたはお人好しだよ」

菊川は顔色ひとつ変えずに、ふてぶてしく言い返した。

「あなたって、最低」

 腰にまわりかけた留美の手を、神人が押さえた。留美が鋭く神人を睨んだが、神人は留美の手を離さず、目配せで周りを見ろと促した。

 留美は、自分達の置かれている状況を思い出した。二人を取り囲んでいる兵士は、今にも引鉄を引きそうにしている。

憤怒に駆られた心を何とか抑え込み、留美が乱暴に神人の手を払いのけると、怒りに燃えた目を菊川に向けた。

「浅はかな女だな。銃口を俺に向ける前に、あんたは蜂の巣になるんだぜ」

 菊川がうすら笑いを浮かべ、小馬鹿したような口調で嘲笑う。

 今では、留美の怒りは、神人より菊川に向けられている。

決して神人を許したわけではないが、それより菊川のほうが、神人よりはるかに邪悪に満ちていると、留美には思われた。

 留美は、菊川と相打ちを狙ってみようかと一瞬考えた。だが、菊川の言う通り、素人の留美が素早く抜き撃ちなどできるはずがない。銃を抜く前に、周りの兵士から一斉に撃たれるに決まっている。

ここまでくれば死ぬのは怖くはないが、無駄死にはしたくない。

自分が死ぬときは、せめて人類にとって一番よくない人間を道連れにしなくては。そうでないと、津村との約束が果たせないではないか。

 そう考えた留美は、唇を噛みしめて悔しさを押し殺しながら、必死で腰の拳銃を抜きたい衝動を抑えた。

留美の唇から、血が滴たる。