「一つ目は、軍部が実権を掌握することです。当時、日本は朝鮮を植民地としていました。震災後、軍部は日本に恨みを持つ在日朝鮮人が暴徒化したのを理由に、戒厳令を敷いています。これについては、放火や婦女暴行や略奪などが行なわれたことも事実ですが、多分に流言も含まれていたことも証明されています。まあ、意図的に騒ぎを大きくして、縮小化に向かっていた陸軍を軍拡に変換しようと図ったわけです」

 菊川が、やりきれないといった表情で説明する。

「もう一つは、不況を煽ることです。既に、第一次世界大戦による戦争景気の反動で恐慌に陥っていた日本を、更に不況に貶め、アジア進出の機運を高めようという寸法です。事実、それ以降、日本はどんどん軍国主義の道を歩んでいってますからね」

 菊川の説明を聞き終えた留美は、あまりの衝撃に目を見開いて菊川を凝視したまま、言葉を発することができなかった。

「驚きましたか? でもね、僕の言ったことは、推測でも何でもありません。ちゃんと根拠があるんです。それについては最高機密事項ですから、留美さんにも言えませんけど」

「信じられない」

留美が、弱々しい声をだした。

「僕の言ったことがですか?」

 留美が首を振る。

「菊川さんが嘘を言っているとは思わないわ。でも、いくら超能力といっても、大地震を起こしたり、富士山を噴火させたりなんて。そんなことが人間に出来るなんて、私にはとても信じられない」

「そうでしょうね。でも、モーゼが海を割ったり、キリストが数々の奇跡を起こしたりと、昔からそんな伝承がいくつも残ってるでしょう。それらは、あながち誇張とも言い切れない部分があるんですよ」

「そうね、そうかもしれない。でも、もしそれが本当だったら、時の権力者は酷すぎるわ。自分勝手な保身と欲望のためだけに、大勢の罪もない民衆を死に追いやるなんて、人間のすることじゃないわ」

 阿球磨家の力については未だ半信半疑だったが、それでも、それが本当だとしたら、留美は、時の権力者のやり方に激しい嫌悪感を覚えずにはおれなかった。

「いつの時代でも、権力者っていうのは、そういうものなんです。今でも変わらないでしょう。自分達の権力を維持するためなら、いくらでも国民に犠牲を強いる。必要とあらば、他国を悪者にして国民感情を煽り、仲良くやっている者同士を引き裂くような真似を、平気でする。真面目に生きている庶民こそが、馬鹿を見るんです」

 菊川も権力者のために働いているはずだが、菊川の口調にはありありと嫌悪感が滲み出ていた。

「その通りね」

 留美が同調するように頷いてから、話を戻した。

「で、彩華っていう人も、そんな力を備えているってわけ」

「その前に説明しておきますが、阿球磨家では、なぜか超能力を宿しているのは女性に限られています。男は、暗殺者として育てられます。で、超能力なんですが、そんな力を持って生まれてくるのは何十年かに一人、地震まで起こせるような力を持って生まれるのは、何百年かに一人みたいですね。彩華は、これまでで一番、阿球磨の血を色濃く受け継いでいるようなんです」

「地震も起こせるってわけ?」

「最大級のやつをね」

菊川が、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「能力を持って生まれた者は、十歳頃から序々に力を出し始め、十七歳の誕生日に、完全に覚醒するんだそうです。彩華は明後日、十七歳になります」

 留美は、神人が言ったことを思い出した。

神人は、もうすぐ悪魔が目覚めると言っていた。そうなれば、人類を滅ぼすために、地球をも破壊しかねないとも。あの時の神人は、嘘を言っているようには見えなかった。神人が言っていたのは、妹の彩華のことだったのだ。

神人の話と照らし合わせると、どうやら、菊川の話は真実の可能性が高い。

もし彩華という子が、それほどの念動力の持ち主だとしたら、神人が言っていたように、人類を滅ぼそうとしている悪魔だとしたら。

留美はそう考えると、全身に鳥肌が立った。身体が震えてくる。

「どうやら、僕の話を信じてもらえたようですね」

「信じるしかなさそうね。あまり、信じたくはないけど」

「よかった。こんな荒唐無稽な話を信じてくれるかどうか、自身がなかったんですけどね」

 菊川が、安堵の笑みを浮かべる。