「留美ちゃんが言うんならそうやろ。そやけど、何のために、こんなもんを作ったんやろ」

津村が首を捻った。

次に攻撃を仕掛けるときは、きっととんでもないことをやらかすに違いないと、津村の勘は告げていたのに、どこか拍子抜けした気分だった。

「それはわからないけど、何か嫌な予感がするわ。トゥルーフレンズとは比べ物にならないくらい、とんでもない事が起きそうな気がするのよ」

 留美は、津村のように軽くは受け取らなかった。その予感は当っていた。このサイトを端緒に、間もなく世界は大混乱に陥ることになる。

この時はまだ、留美は気付いていなかったが、このサイトは世界の主要国で立ち上がっていた。もちろん、それぞれの国に応じた言語でだ。

 留美にそこまで言われて、津村がもう一度サイトをじっと眺める。

見ているうちに、なにやら邪悪なものが潜んでいるような気がした。

「そうやな。意図はわからへんけど、とんでもないことを考えてそうやな」

 津村は、全身を蛇が這い回っているような、何とも言えぬおぞましい感覚に捉われていた。長年の刑事の勘とでもいうのだろうか、早く犯人を割り出さねば、取り返しのつかぬ事態が勃発するであろうことを、肌で感じ取っていた。

「留美ちゃん、このサイトから、奴を辿れるか」

「やってみる。津村さんは、藤岡さんに連絡を取って。何か変わった事が起きていないか、調べてもらって」

 そう言うと留美はパソコンに向かい、サイトの追跡を始めた。

「やっぱり、あいつよ。一筋縄ではいかないわ」

 三時間ほどパソコンと格闘していた留美が、苛立ちの混じった口調で、声を荒げた。

 津村が熱いコーヒーを淹れて、留美の前に差し出す。

「焦らんでもええ、少し休憩したらどうや。留美ちゃんやったら、きっとできるって」

「ありがとう」

 礼を言って、留美がコーヒーを受け取り、一口啜った。

「おいしい。疲れが取れていくみたい」

そう言って、津村に微笑みかけた。

「よういうわ、インスタントやで」

 苦笑いをした津村が、自分も一口飲む。

それから、「やっぱり、あいつか」と留美の口調を真似た。

「間違いないわ。でなければ、もう、とっくに突き止めているもの」

 自分の真似をされて、苦笑しながら留美が答える。しかし、さきほどまでとは違い、口調は平穏だった。津村のお陰で、留美の苛立ちは収まっていた。

「そうか」

 言ったきり、二人は、暫く黙ってコーヒーを飲んだ。

「ねえ、どうして、警察を辞めたりしたの」

 飲み終えたカップを机に置いて、留美が思いついたように尋ねた。

「警察におったら、自由に動けへんからな。俺はな、こいつだけは、絶対、自分の手で捕まえたいんや」

「本当に、それだけ?」

留美が、意味ありげな視線を津村に向ける。

「どういうことや」

「掴まえるだけで、津村さんは満足なの?」

留美の鋭い視線が、津村を突き刺す。

「津村さん。あなたは、犯人を自分の手で裁くつもりなんじゃない?」

「なに、言うてるんや。俺は、長年刑事をやっとったんやで。いくら凶悪犯やいうたかて、自分の手で裁くやなんて、そないなことするわけあらへんやろ」

 図星を突かれて、津村は内心うろたえたが、なんとか平静を装った。

「ふーん、そうなんだ」

 留美が疑わしげな目で、津村を見る。

「なんや、その目は。俺の言うことを信用しとらへん目やな」

 言いながら、津村が困った顔をしてみせた。

「本当に、本当なの?」

 しつこく念を押す留美に、津村が重々しく頷いてみせる。

「そう、がっかりだわ。私、津村さんを見損なっていたみたい」

 留美が落胆の表情を浮かべた。

「私はね、電子の悪魔は生かしておいては駄目だと思ってるの。津村さんにその気がないのだったら、私がやるわ」

「それはあかんで、留美ちゃん。何のために、法律があると思ってるんや」

 留美の言葉を聞いて、津村が慌てた。

「法律なんて、くそ喰らえよ。私は、その法律を破って刑務所に入っていた女よ。いい、津村さん。確かに、世の中に法律は必要よ。でなければ、善良な人たちが安心して暮らしていけないもの。だけどね、世の中には法律では裁けないことだって、沢山あるでしょ。それは、津村さんが一番わかってるはずよ、違う?」

 一旦言葉を切った留美が、鋭い目で津村を睨む。