最近、活は空ばかり見ている。

 

時たまスイッチが入ったように部屋中を走り回ることもあるが、それも長くは続かない。

 

この頃の活は、太ったという形容が当て嵌まらなくなってきている。

 

もはや、肥満といってもよいくらいになっていた。

 

そのせいか、窓枠にも、前みたいに軽々と上ることができなくなった。

 

とはいえ、さすが猫である。少し助走をつければ、一発で飛び乗れてはいた。

 

一度上がると、降りるのが面倒なのか、それとも少しは落ち着きが出てきたのかはわからないが、長い時間、飽きずに空を眺めている。


今も、床から空を見上げている。

 

なぜ、窓枠に上らないのだろう?

 

善次郎が首を傾げていると、活が何かを訴えるように、善次郎に向かって鳴いた。

 

何を言っているのか理解しかねて、善次郎がじっと活を見る。

 

活はもどかしそうに二度、三度と鳴き、それから窓枠を見た。

 

そうか!


善次郎は理解した。

 

「窓枠に乗せろ」

 

活はそう言っているのだ。

 

どうやら、体を動かすのが億劫らしい。

 

やれやれと、善次郎がため息をつく。

 

「少しは、痩せろよな」


しゃがんで、活の眼を正面に見据え、真剣な口調で言った。

 

活は、そんな善次郎の言葉などまったく無視して善次郎から眼を逸らせ、窓枠を見上げた。

 

そして、窓枠の方を向いたまま、またニャアと鳴いた。

 

「ぐだぐだ言ってないで、早く乗せろ」

 

そう命令しているのだ。

 

「自分で乗れないくせに、偉そうに文句言うんじゃないよ」

 

善次郎がぶつぶつ言いながら、それでも、活を抱いて乗せてやった。

 

これほど重くなっていたとは!

 

活を抱え上げた時、その重さに驚いた。


善次郎は、窓枠から空を見つめる活の後ろ姿をまじまじと見た。

 

拾ってきた時とは別人、いや、別猫のように胴回りが太くなっている。

 

これはいかん。

 

しげしげと活の後ろ姿を見ながら、善次郎は思った。

 

「そうだ、ダイエットしよう」


そう思い立ち、早速ペットショップへ、ダイエットフードを買いに走った。

 

ダイエット用の餌は、今まで買っていたものよりも高かった。

 

善次郎の懐は、あまり暖かくはない。

 

善次郎は、ダイエットフードの前でしばし悩んだ。

 

頭の中で、一か月分の費用を計算する。

 

やがて、ため息をついた。

 

仕方がない、これも活のためだ。その分、自分の食費を削ればいいか。

 

自分のことより活のことを優先に考えていることに我ながら呆れたものの、そのダイエットフードを買った。


家に帰ると、早速これまで食べていた餌を、買ってきたダイエットフードと入れ替えた。

 

善次郎が起きている間、活は餌を食べようとはしなかった。

 

一度食べかけたのだが、匂いを嗅いでやめてしまった。

 

いつもの餌と違うので戸惑っているんだろう。

 

まあ、いいさ。腹が減ったら、そのうち嫌でも食べるだろう。

 

そう考えて、善次郎は眠りについた。

 

気持ちよく眠っている善次郎のほっぺたが叩かれた。

 

慌てて起きた善次郎に、活が鳴く。

 

この鳴き方は、餌をくれと言っている鳴き方だ。

 

ダイエットフードは腹持ちがよくないのか? そうだよな、ダイエットフードだもんな。

 

そんな訳のわからないことを思いながら容器を見ると、中の餌はまったく減っていなかった。


「お前なあ、俺を起こさなくてもこれを喰えよ」


善次郎は半ば呆れ、半ば怒りながら活に言って、そのままベッドに潜り込んだ。


活が、善次郎の顔の側で数回鳴いた。善次郎が無視していると、強烈なパンチが見舞われた。

 

それが、二発、三発と繰り返される。

 

どうやら、腹が減って気が立っているようだ。

 

止めの一撃は、爪を立てていた。

 

思わず、善次郎が悲鳴を上げて跳ね起きた。

 

怒りを込めた眼で、活を見る。

 

だが、無駄なことだ。

 

善次郎の視線ごときに怯むような活ではない。

 

特に、今は腹が減って気が立っているのだ。

 

善次郎の顔を真っ向から見つめ、何度も鳴く。

 

ついに、善次郎は根負けした。

 

いつもの餌を別の容器に入れて、活の前に差し出した。

 

置くが早いか、活ががつがつと食べだす。

 

確かに、人間の食べ物でもダイエットフードというのはあまり美味しくない。

 

多分、猫用のも同じなのだろう。

 

活の食べっぷりを見て、善次郎はそう思った。

 

それにしても、食べ物の味に拘るなんて、贅沢になったもんだ。

 

野良だったら、生きていくためにそんなことは言ってられないはずだ。

 

「猫も人間も同じか」


一度贅沢に慣れてしまえば、なかなか元には戻れない。


そんなことを考えながら、善次郎は苦笑交じりに、がつがつと餌を食らう活を眺めていた。

 

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