彼女と別れた夜、善次郎はちょっぴり後悔していた。
怒りに任せて彼女を追い返したものの、もう少し言いようがあったのではないかと悔やんでいるのだ。
当の活は、そんな善次郎の気持ちなぞどこ吹く風というように、素知らぬ顔で何事もなかったように、部屋の中を我が物顔で走り回っている。
そんな活を恨めしそうな眼で見て、善次郎がため息をついた。
「おまえさえ出てきてくれれば」
走り回る活に、善次郎が文句を言った。
活に罪がないのはわかっている。
それでも善次郎は、恨み言のひとつも言わずにはおれなかった。
ニャア。
走るのをやめて、活が体を擦り付けてきた。
「元気を出しな」
そう言って、慰めているように聞こえる。
もう一度、ニャアと鳴いた。
今度は、わりときつい口調だ。
「俺というものがありながら、他の女にうつつをぬかすからさ」
まるで、そう言っているかのようだ。
「俺は、同性愛の趣味はないぜ」
そう呟きながらも、善次郎が尻尾の付け根を撫でてやった。
活は気持ちよさそうに眼を細めて、背中を丸めた。
考えてみれば、これで良かったのかもしれない。
活の背中を撫でているうちに、そう思えてきた。
動物を血統などで判断するなんて、本当に好きとはいえない。
人を、家柄で判断するのと同じだ。
あの彼女が。
善次郎の顔に、失望の色が浮かぶ。
自分の思い通りにならないからといって、まさか血筋なんてものを持ち出すなんて。
半分は本気で言ったのではなかったのかもしれないが、まったく思っていなければ、口には出さないだろう。
俺も変わったものだと、善次郎はつくづく思った。
以前の自分だったら、猫なんかより、間違いなく彼女を選んでいた。
彼女の意見に同調して、活を非難していただろう。
それが、活をけなされて、頭に血が上ってしまった。こんなに我儘なのに。
また、善次郎がため息をついた。
この分では、当分再婚できそうにないな。
善次郎には再婚したい気持ちがある。
離婚してわかったことは、一人身は気楽だということだ。
食事は、コンビニやスーパーへ行けば、多様なおかずが揃っている。
味も悪くはないし、カロリーも記載している。自分で作らなくても、栄養管理もでき、飽きることもない。
それに、一人分だと食材を買って調理するより安く済む。
洗濯もしかり。洗濯機は全自動だし、近くにコインランドリーだってある。
毎日洗濯するのでなければ、却ってコインランドリーの方が安くつく。
便利な世の中になったものだ。
こんなことだから。独身でいようとする者が多いのかもしれない。
だが、張りがない。
自分一人が生きていくために働くのと、家族のために働くのでは、同じ働くにしても張り合いが違う。
家族がいる時はそれが重荷になっていたが、それくらいの重荷があった方が働き甲斐があるのだと、今にして善次郎は思う。
確かに、活がいる。活も、善次郎にとっては立派な家族だ。
しかし、なにかが違う。
いくら活がいるとはいえ、誰もいない部屋に毎日帰ってくるのは寂しいものだ。
だから、善次郎は再婚したい。
そうはいっても、誰でもいいわけではない。
活を家族の一員とみなし、大事にしてくれる女性でなければ駄目なのだ。
彼女は人間としても優れており、女性としての魅力もあった。
猫をペットとして割り切れば、彼女の意見も間違いではない。
その割り切りが、善次郎には出来なかった。
決定的な価値観の相違である。
いくら魅力的であっても、根本的な価値観が合わなければどうしようもない。
そう思うと、善次郎の気が楽になった。
もう、後悔はない。
そうさ、俺は活のことが大好きだ。そして、とても大切に思っている。
「この世の中には、いろんな人間がいる。いつか、お前のことを大切にしてくれる女性
が現れるさ」
善次郎は活に語りかけながら、自分に言い聞かせていた。
そうなった時、活が隠れることはないんじゃないか。そう、自分と出会った時のように。
ふと、善次郎はそんな気がした。
きっと活は、本能的にそういった人間を見分けているのだろう。
活に任せておけば、もう結婚で失敗することはない。
なんとなくそう思った。
俺も変わったものだ。
もう一度しみじみと思い、善次郎は苦笑を浮かべた。
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